目録
「存在する事実」
「てん…い、つ。本当に?」
朱雀の声が泣きそうに紡がれて、呼ばれた女性は見惚れるほど綺麗にふわりと笑う。
そして、
「それは、どの天一?」
そう、言い放った。
先ほどとは正反対の、感情など存在しないような、声音。
残酷なほどの言葉に何度目になるのか、十二神将は固まった。
そして今度は心底楽しそうな声音で問いかける。
「貴女もそう思うでしょう? ――天一」
その言葉に朱雀は緩慢に振り返る。
もう一人の天一の気配で気づかなかった、などという言い訳など通用しない。
朱雀の恋人である天一は怯えたような瞳たたえてその場に佇んでいた。
「ごめ……んなさい、呼ばれたような……気がしたものだから……」
縋るような声は、細い指とともに伸ばされて、けれどもすがる先をなくしてもとに戻った。
朱雀は晴明を見やる。その表情は途方にくれたようにみえた。
「もう一度聞くわ、朱雀」
声で朱雀の視線は遮られる。
その場は彼女の独壇場で、晴明でさえも口を挟むことは許されなかった。
「あなたが呼ぶ天一って、誰?」
「くだらない」
凝固から逸早く脱出したのは勾陣で、彼女はいつものように、凛として視線を向ける。
「お前が先代天一だろうが、そうでなかろうか、今の天一は彼女で」
天一が視線を勾陣に定める。
『いち』とも『天一』とも呼ばれた人物がその言葉に僅かに肩の力を抜いて、蓮眺と名乗った人物は満足そうな顔をしたけれど、それに気づいていたのは互いだけだった。
「お前たちが仲間なのならば、今私たちがすることはただ一つ。晴明の邪魔をするのなら、倒すまで」
長い指で二人を指し示し、闘気を立ち上らせる。
それに蓮眺が目を瞬かせて、口の端を上げた。
まるで人が変わったような雰囲気を纏わせ声をあげる。
「俺に勝てるとでも?」
いっそ愚かだとでも言うような声音で蓮眺は哂う。
「やってみなければ分からないだろう?」
それを気にする様子もなく、挑発に乗るように勾陣も哂う。
「愚かだ」
場の雰囲気は一気に変わった。誰もがこの状況を理解できずにいる。だからこそ、唯一分かっていること。即ち晴明に危害を加える存在、を倒すことを一つの区切りとしたようだった。
天一のことはそれからでもいい。
「せっかく、この間の子を見逃してあげたというのに。なぁいち」
勾陣の神気をまともにくらっても、蓮眺は表情一つ変えずに、さらに勾陣を怒らせるような言葉を呟く。
そしてこの言葉で、この間の事件は自分たちが関わっているということを示して見せた。
「見逃して、『あげた』? ふざけるなよ」
主である晴明や、後継である昌浩が関わらなければ、自分たちは人がどうなっても構わないのだ。
それを上から見下すように対応する女が勾陣の理性を僅かながら削る。
いつも冷静に周囲を見渡す自分が、何故ここまでこだわるのか考えることもせずに。
「貴様が原因か」
青龍も、晴明が苦労して魂を元の器に戻したことを知っている。
大鎌を握りなおし、勾陣の神気に己の神気を上乗せした。
「そうだと言ったら?」
十二神将を見渡しながら蓮眺は哂う。
ちらり、と昌浩たちの居る方へ視線を向けて、手をゆっくりと振り下ろした。
ぶわりと辺りに炎が立ち上る。
「逃げる気か!?」
蓮眺と先代天一をまとって、炎は純度を高めていく。
「逃げる? 俺たちは元々、安倍晴明に忠告をしにきただけ。お前たち十二神将と戦う理由などどこにもない」
「あなたたちは何者なの? あなたは本当に先代天一!?」
怯えていただけの太陰が声を張り上げた。
いつもならこういう状況では一言も言葉を口にしないのに、今日は自分が、自分たちが声を上げなければならないと感じた。
闘将は混乱し、理性を見失っている。
「太陰。お前は本当に変わらないな」
太陰に届いた声は、先ほどまでと違って優しかった。
それにおもわず彼女は口を閉じる。
「天空」
炎の中で、蓮眺は言葉を紡いだ。
「十二神将は神。神の掟には逆らえない。俺も、お前も、けして逆らうことなど出来ない。だから」
私たちは出来ることをするのよ、と炎の中から声を残して、二人は姿を消した。
荒野で蓮眺は座り込んだ。
傍では『いち』が心配そうに眉を寄せる。
「大丈夫、だから」
触れようと手を伸ばしたが、それは蓮眺の言葉で遮られた。
苦痛はあるのだろうに、それでも彼女は懸命に生きている。
「人は優しいけれど、すべてがそうだとは限らない」
その言葉に蓮眺は顔をあげた。
『いち』は笑う。彼女を守るように。
「でも、だからこそ私たちは……」
願いを口にするのをためらって、それ以上口にはしなかったけれど、二人の想いは同じだった。
「『とみ』、私は貴女についていくわ」
傍にいても蓮眺と呼ぶことを許されない自分。
それだけのことを彼女にしたのだと、この先も彼女に償わなければならないのだとそう思っている。
傍にいてくれるだけでいいのだと、蓮眺が思っていることも知らないで。
二人は同じ道を歩んでいても、まったく別の路を歩んでいた。
第二章につづく
――――――
ダレモガコノジョウキョウヲリカイデキテイナカッタ
中途半端に広げるだけ広げての第一章でした。
ぶっちゃけこれは十二神将たちの話なので、人はこの先もでないと思う。
次回から第二章に入ります。
さて、過去編か終結編どっちからいこうかな。
口調がどうしても定まらない。わざとの人もいますが、ね。
十一巻―十三巻
h21/04/29
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