目録
「あるはずのない再会」
「騰蛇」
誰ともなしに呟いた。
この中で誰も状況を把握できているものなどいないに違いない。
騰蛇ならあるいは。
否、騰蛇でさえも理解できてはいなかった。
見も知らぬ初対面の女。そんな人物にどうして己の名前を告げてしまったのか。
分からない。何かを考える前に口から言葉が零れ落ちたのだ。
まるで、反射、本能のように。
『お主何者だ』
ふいにその場に静寂が満ちた。
圧倒的な存在感がその場に降りてきた。
姿は見せない。けれどめったに異界から降りてくることの無い、十二神将の重鎮がそこにいることが同胞には分かった。
共に太陰や玄武が姿を見せる。
炎に怯えて太陰が身体をすくませる。天后と太裳の傍に降り立つと、主にしがみついた。
本当ならばこの場から去りたいに違いない。
けれど太陰はその場を動かなかった。それは玄武も同じで。
怯えながら、困惑しながらその場に留まった。
「何者…だ」
紅蓮が喘ぐように言葉を紡ぐ。
『お主、何だ』
天空が場を制圧するように思い言葉を投げかける。
炎がゆっくりと沈静化する。
紅蓮が一歩、また一歩と後ずさる。
炎は紅蓮を邪魔することなく道をあけた。
「紅蓮」
その名前を授けた主が彼を呼ぶ。
ゆっくりと視線を晴明に向けると視線を合わせたままで、再び言霊を紡いだ。
「『紅蓮』」
「せい、めい」
その声に全身の力が抜け、思わず座り込む。
紅蓮が操られたわけではないことを確認し、回りは息をつく。
けれどまだ事は終わってはいない。その場の十二神将は視線をただ一人に向けていた。
晴明は三度口を開く。
「蓮眺、と言いましたか」
「その名をお前ごときが口にするな!!」
晴明の言葉に女は怒号を上げた。
そして、ぶわり、と炎が再び勢いを取り戻す。
それは晴明に向かい牙をむく。
晴明は反射で印を紡ぎ、玄武が晴明の前に結界を築いた。
けれど炎はそれをものともせずに包み込もうとする。
「晴明!!」
「私はお前に、お前たちに名を名乗ったわけではない!!」
その声は悲鳴のようにも聞こえたと、のちに誰かが呟いた。
「晴明!!」
「晴明様」
――りぃぃぃぃん
涼やかな音がその場に響いた。
その音に弾かれたれように、晴明に向けられた炎は突如として消えた。
「いち、邪魔をする気か」
女が言葉を空に放つ。
『貴方が人を傷つける必要などないでしょう』
空から声が響いた。
天空と同じように隠形しているのかもしれない。
けれど、
けれど、
その言葉を聞いた十二神将が固まる。
ありえない、
ありえるはずがない
けれど、
声が似ている
気配が似ている
忘れようとも忘れることなど出来ない
「お前は人に優しすぎる」
「それは貴方も同じではなくて」
それもむなしく、声の持ち主は顕現する。
白虎が息を飲んだ。
天后が怯えるように身体を強張らせる。
玄武が固まる。
太裳がおもわず天后の方に置いていた手に力を入れた。
「……んで」
太陰が言葉を漏らす。
青龍が目を瞠らせ、勾陣が手にした愛刀を思わず構えた。
「どうしてお主がここにおる」
天空でさえ姿を見せ、驚いた様子を見せた。
晴明一人が理解できないように神将たちを見やった。
現れた人物に誰もが視線を釘付けにされた。
年は朱雀よりも年上。
瞳は夏夜に茂る若葉を思い出し、肩につかない不ぞろいの髪をもつ女。
勾陣とはまた違う大人びた印象を持った人物。
紅蓮が思わず朱雀を見やる。
朱雀は、
朱雀は誰よりも呆然と現れた人物を見た。
伸ばして、伸ばして、それでも届かなかったその過去の欠片。
伸ばした手が届かない。朱雀が一番恐れるその情景を植えつけた女。
呼吸を忘れたような声で喘いた。
心の中では決して忘れなかったその存在。
二度と会うことがないはずのその女。
「てん…い、つ」
泣きそうな声だった。
――――――
カコガアルカライマガアル。ソレガタトエザンギャクデモ
やっちまった感が否めないが、後悔はしていない
十巻―十二巻
h21/04/04
目録
戻り/
展示へ