目録
十巻「炎」

「騰、蛇……」

女は信じられないような顔で紅蓮を見ている。

「あなたに…会えるなんて思いもしなかった」
「知り合い、なの?」

天后が鋭い視線を向けてきた。
視線は女に向けたままで紅蓮は首を振る。

「知らない」
「知っているはずはないわ。今日私たちは始めて会ったのだもの」

紅蓮を庇うように声を張り上げた女をみて、紅蓮が息を飲んだ。一筋の涙が女の頬に流れていた。
一歩、また一歩と女が紅蓮に近づいてくる。
匂陣が神気を苛烈に染め上げた。
割って入ろうとした瞬間、紅蓮と女のまわりに炎が現れ、勾陣はそれ以上近づくことが出来なかった。

「騰蛇!! なんのつもりだ!!」

その炎がまとうのは十二神将最強にして最凶、騰蛇の炎で、遮られた匂陣だけでなく、ほかの鋭い視線をむける。
その間にも女は紅蓮に近づいていく。
そして紅蓮はそこから一歩も動かなかった。

「騰蛇!?」

白虎が紅蓮の様子に訝しげに声をかけた。
けれど紅蓮は何の反応も示さない。

「紅蓮!?」

主の言葉にも紅蓮は反応を示さない。
目は女に向けられていて、同胞を映してはいなかった。

「お前は誰だ」

その言葉に、女は涙を流したまま、紅蓮に手を伸ばす。
その表情は愛する人を見つめるような、愛おしそうな表情で。

「あいたかった」

そう、呟いた。



女の手が紅蓮の頬に触れる。
紅蓮はそれを振り払わなかった。
逆に自分に触れた手を優しくとる。
女は嬉しそうに破顔した。

「騰蛇、何をしている!! 目を覚ませ!!」

五十数年前のことが頭に過ぎったのか、勾陣は悲痛な声をあげた。
それさえも、紅蓮には届かない。
その視線は女に向けられている。



「私は、はすみ」

小さな声で、女は言った。
炎のはぜる音よりも小さな声が、その場にいるものの耳に届く。

「『はすみ』?」
「そう、蓮を眺めると書いて『蓮眺』」

紅蓮と同じ、蓮を元にした名前。
晴明の目が表情を見せた。
困惑のような、それでいて納得したような、そんな表情。
それに誰も気づくことはなく、目の前の二人に向けられている。
あなたは?と女が目を細めて首をかしげた。

「俺は……」

紅蓮の瞳がゆらり、と揺れる。

「騰蛇!!」

勾陣が叫ぶ。



「俺は……紅の、蓮で、『紅蓮』」



匂陣をはじめ、神将たちは愕然とする。
暗い独りの世界を広げたのは主である晴明とその後継。
その二人以外に呼ばせることを良しとしない名前。
それを誰とも知れない女に告げるとは、誰も思わなかったのだ。
そして真の名前は拘束する力を持つ。普段から聞かれている名前とはいえ、その効力はあるのだ。
誰も、何も口を挟めない状況が続いていた。
炎が勢いを増す。地獄の炎ではないけれど、それなりの強さを持った炎だ。
その炎に気づいたのか、天一とともに彰子の護衛をしていた朱雀が、血相を変えて駆けつけた。

「一体何があったんだ!?」
「騰蛇、また操られたのか!?」

匂陣の声に、朱雀は炎を一瞥して、眉をひそめた。

「騰蛇?」
「朱雀、この炎を切れ」

青龍が朱雀に視線を向けた。その神気は殺気に包まれている。
その瞳で朱雀の長刀を示す。
神将殺しの剣は神気を切ることができる。それを使ってこの炎を消せ、と暗にいっているのだが、炎をみていた朱雀は呆然と首を振った。

「……無理だ」
「何を言っている!!」

青龍がさらに殺気をほとばしらす。
匂陣と青龍の神気が荒れているのがわかる。けれど、無理だと朱雀は判断する。

「これは、騰蛇の炎じゃない」
「しかし、この炎は騰蛇の神気をまとっているぞ」

白虎の言葉に、皆も同意する。
けれど、朱雀の言葉は揺らがなかった。断言するように言葉を紡ぐ。

「あれは一見するとたしかに騰蛇の炎だ。けど、何かが違う。騰蛇だけど騰蛇の炎じゃない」

では、と神将は炎の中心にいる二人を見やった。
あの、得たいの知れぬ女の炎だというのか。

何故、あの女は騰蛇と似た炎をまとう。
何故、あの女は騰蛇と似た名前を持っている。
何故、お前は私たちを、騰蛇を知っている。

分からないことだらけで、謎が謎を呼び、何も分からない。
腹立たしさだけが込み上げる。
匂陣が神気を跳ね上げさせる。
天后がつらそうに眉をゆがめた。
親友が自分を気遣わずに力を跳ね上げるなど普通はしない。
よほど怒っているのだ。
と、天后にかかっていた負担が軽くなった。

「太裳」

ほっとして、力を抜いた。
太裳が異界から出てきて、天后の肩を支えている。
守る力の強い彼は天后の比ではないほどの力で結界を貼った。
太裳の顔を見やると、珍しく困惑した顔をしている。
それは、天后も同じで。否、この場に居る誰もがそんな顔をしていた。

――――――
デアウハズハナカッタダカラナイタ

お、思ったより進まなかった。
今年はCP色を強めようと思った。でもこれって勾陣かわいそうな展開。
つか、私の書く話って、大体受けが可愛そうな目にあう。

九巻十一巻




h21/01/28

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