目録
「兆し」



「消え…た」

昌浩は歩み寄ってきた幼子といちがいた場所を交互に眺めた。

少女は黙って昌浩を見上げている。

その表情は困惑しているようだった。

「昌浩」

勾陣と六合が追いついて少女と昌浩を交互に眺め、険しい顔をあたりに巡らせる。

「昌浩、さっきの奴は」

勾陣があたりを警戒したままで尋ねた。

「消えた」

「消えた?」

訝しげに眉をよせる二人に、昌浩は頷いて続ける。

「勾陣たちが追ってきたから、攻撃する手段がないからって言ってた」

「会話をしたのか?」

驚いたように六合がわずかに眼を見張る。

昌浩はその問いに頷いた。

「どんな奴だった?」

今度は勾陣。

「ごめん、顔は見えたんだけどあんまり覚えてない。でも髪が短い女の人だった」

「女か」

手を顎にあてて考えている。

昌浩と六合は勾陣の考えを妨げないようにただ黙っていた。

「考えるよりも先にすることがあるだろう?」

その場に聞こえた声に三人は振りかえる

げぇっ、と昌浩は声の主を見た瞬間、蛙が潰れたような声を上げた。

「なんじゃ、そのような声を出して。梓姫の一大事じゃから手伝いに来てやったというのに、それを邪険に扱うとは。じいさまは悲しいぞ」

「年老いた姿ならともかく、若いままでやられても、同情はしませんよ」

顔いっぱいに『出てくるなら早く来い』という文字を浮かばせて、昌浩はうなる。

「そうだ、じい様。この子を頼んでもいいですか?」

昌浩も一応魂の戻し方は知っているが、やはり人の命にかかわることだ。

自分より、晴明のほうが確実だろう。

晴明はうむ、と頷く。

それを確認して、昌浩は身を翻す。

「お願いします。俺は梓姫の所にいってきますから。さっきのやつらがまた出るかもしれないし、もっくんも迎えに行かなきゃ。行こう六合、勾陣」

「先に行っておいてくれ。気になることがある」

頷いて昌浩の後をついていく六合に、勾陣は残った。

「何が気にかかった?」

昌浩が去ったことで顕現した青龍が眉を寄せている。

「女が二人。私と六合が対峙したのは炎を使う女。昌浩が追っていたのが短い髪の攻撃する力がない女。どちらも私たちのことを知っていたようだ」

「十二神将のことをか?」

「そうだ。今までは『人に下った式神』という呼称で呼ばれていたからね。向こうはこっちがいると知っていて仕掛けたことになる」

皮肉を混ぜながら説明する勾陣に、晴明も青龍も渋い顔をした。

「強さはどうだった?」

「結構な強さだと思う。だが、私と六合とでは今は不利らしい」

そのあとに言われた、『万端だとしても、本当に勝てるか』という台詞にいらだつ。

自分のほうが強いといっているようなものではないか。

そういうやつらほど、たいした力もないのだといつもなら一蹴する勾陣だが、今回は本能が警告を鳴らしている。

あいつは強い。と



「もっくん」

再び梓姫の屋敷に通された昌浩は見回るといって、庭にでた。

小声で呼びかけると、物の怪が軽い足取りで肩に飛び乗る。

「何があった?」

先ほど同胞の神気を感じた物の怪は気が気ではなかった。

「ちょっと原因らしい人たちにあったんだけど」

「どういうことだ?」

「別の子の魂を連れててね、なんだか分からないんだけど、その子を置いて消えちゃった」

物の怪は訝しげに六合を見やる。

六合はその視線を受けてうなづいた。

「訳が分からんな」

庭を回りつつ、結界がきちんと張られていることを確認し、屋敷の中へ戻る。

と、女房に梓姫が呼んでいると言われ、昌浩は有無を言わされず部屋に通された。

女房の顔には不信と書いてあり、主の命でなければこんな子供、とありありと分かった。

通されて、部屋に梓姫の父親もいると気づき、昌浩は頭を下げる。

「あのね」

顔を上げるのも待たずに梓姫は声を発する。

それはつたない幼子特有の話し方。

「これないって。むかえにこれなくなったって」

「えっ?」

意味が分からない昌浩に梓姫は続ける。

「もうじかんがなくなったって。それでね、あずさきいたの『だいじょうぶなの?』って。そしたらわからないって。でももうそれしかのこされていないって」

「梓?」

「じゅうにしんしょうがうごきだしたからうごけないって」

昌浩だけでなく、物の怪も六合も目を見張る。

「十二神将って誰が言ったの?」

無礼を承知で昌浩は尋ねる。

梓姫は首を振った。

「いわないってやくそくしたの。でもね、いわなかったらあずさはむかえにこないって」

「梓、それは本当か!?」

彼女の父親は梓に問いただす。語調はきついが、彼なりに真実を見極めようと必死なのだ。

そして、物の怪は昌浩に聞こえない程度に舌打ちをする。

これで昌浩はお役ごめんだ。

いくら彼女が情報を持っていようが、彼女の父親がそれを聞くのを許さない。

晴明の力添えがあっても無駄だろう。

子供を守ろうとする親は強い。自分を犠牲にしてもかまわないほどに。

「だからね、つたえてっていわれた」

その言葉に物の怪は思考を引き戻す。

「『誰も傷つけたくないなら関わるな』」

それは彼女の声であって、彼女の声ではなかった。





――――――
ソレハセツナイササイナオクリモノ
五巻七巻




h20/6/8

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