目録
「旦那様、晴明様から使いのものが参りました」
「通してくれ」
三巻「貴族の屋敷で」
「祖父の命で参りました。安部晴明の孫、安部昌浩にございます」
一番言いたくない言葉を言いながら昌浩は頭を下げる
相手はえらいひと、えらいひとと心で呟きながら怒りをやり過ごす
「顔を上げなさい」
顔を上げた昌浩は、目の前の人物をまじまじと失礼のない程度に見つめる
年は父の吉昌より若く、長兄の成親より年嵩。ちょうど真ん中くらいだろうか
少しやつれている
今回、渦中の人物が彼の娘だというから心配で夜も眠れないのだろう
「話は晴明から聞いている。どうか、娘を助けてほしい。母親がいないのにあのこまでいなくなってしまったら……」
自分より官位の低い昌浩に頭を下げてくる
昌浩は慌てた
「顔を上げてください。祖父も私も出来ることはすべてやるつもりです」
顔を上げた貴族はほっとした顔をした
「あの子が『もうすぐ死ぬ』と言い出したのは水無月の初め頃でした」
とつとつと貴族は話し始める
梓という娘は生まれてすぐ母親が死に、梓本人も医師に長くはないと言われたそうだ
だが、神に必死の願いが通じたのか、医師に言われた年を過ぎてもなんともなく、むしろ元気になったという
「ある夜梓が私の部屋へ来て言ったのだ」
『お父様。あずさはもう少しでここを去らねばなりません。お父様とお別れするのはさびしいですが、この命、返さねばならなくなったのです』
突然何を言い出すかと驚いたのは父親だった
何があったのか聞いても『返さなくてはならなくなった』の一点張りで何が何なのかさっぱり訳がわからない
どうしようか悩んでいるうちに他の貴族や平民にも同じような事が起こっているのだという噂を聞いた
言った者は例外なく死んだという
梓の父親はいてもたってもいられなくなり晴明に助けを請い今に至る
話を聞き終えた昌浩はしばらく考えた後、貴族にこう申し出た
「梓姫に会わせてもらってもよろしいでしょうか?」
貴族は頷く
「ああ、晴明から梓も大人に聞かれるより、年の近しい者のほうが安心するだろうから、といわれている。――誰か、梓の元まで案内しておくれ」
貴族の呼びかけに女房がやってきた
「こちらへ」
昌浩は貴族に一礼すると部屋をでて、梓のもとに向かう
「姫様、陰陽師の方が見えられました。少しお話をしたいということです」
女房の言葉に幼い少女の声が答えた
「どうぞ」
御簾が上げられ中へ促されるままに入る
本来なら御簾越しで会話をするのだが、梓は裳着もすんでいない八つの子供なので、顔を合わすことが許された
幼い少女は大きな目をぱちくりと瞬いて、昌浩をみている
「はじめまして、安倍昌浩です」
怯えさせないように努めて穏やかに昌浩は笑う
少女はじっと昌浩を」見てから答えた
「あずさです」
子供特有の拙い口調
昌浩はほっとして話かけた
どうやら警戒されてはいないようだ
「梓姫、君のお父上から聞いたんだけどね」
単刀直入に聞いた
回りくどいことをしても無駄だと思ったのだ
「命を返さなきゃならないってどういうこと?」
梓は首をこてんと傾けて答えた
「返さなきゃならないの」
父親に言ったのと同じ回答
これから先は何を聞いても首を振って答えなかったそうだ
「誰に?」
そう聞くと、梓は昌浩をじっと見て首を振る
首を振った梓の瞳をじっと昌浩を見つめた
そのとき気がついた
――もしかして
「誰に返さなきゃならないのか知らないの?」
そう聞くと、梓はこくんとうなづいた
「わからないの。でもね、ごめんなさいって泣くの」
梓は昌浩から目をそらさない
「泣いてたの。ずっと、ごめんなさいっていってた」
昌浩もそらさない
「あずさの命はほかのひとからもらったものなの。ほんとうならずっともっててもよかったの」
幼い子供には似合わない真剣な瞳
「でもね、命をくれたひとがたいへんなんだって。だから返さなくちゃならなくなったの」
その瞳は少しも揺れなかった
「あずさだけじゃないよ。なんにんもいるの。あのひとはやさしいからお別れするじかんをくれたの」
だからお父様にお別れをいったの、と梓は呟いた
「あの人?」
黙って聞いていた昌浩がここで聞いた
「あずさをむかえにくるひと」
「どんな人?」
梓はまた首を振った
「わからない。でもごめんなさいって、ゆるしてって泣くの」
――誰? どうして泣いているの?
今朝の夢を思い出した
――泣かないで
確かにその人も泣いていたと思う
思い出してから何故か胸がつきりと痛んだ気がした
何か関係があるのだろうか?
「おにいちゃんだいじょうぶ?」
胸を押さえて下を向いた昌浩は心配そうな声にはっとする
梓が心配そうに顔を覗き込んでいた
「大丈夫だよ」
安心させるように笑った昌浩はもう一つ疑問をぶつけた
「梓姫、その人が迎えにくるのはいつか知ってる?」
幼い少女は瞳に恐怖も何も映さず、ただ淡々と事実を受け入れて口を開く
「……きょうのよる」
昌浩の動きが止まった
――――――
ジカンガナイノトカノジョガツブヤイタ
文才ないなぁ
書きたいことが上手く書けなくて、遠回りしてる感じ
二巻――四巻
h20/3/29
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