自ら選べ
どの領域に行くのかを
「へ〜ぇ?」
「なんだよ」
感心したかのような物の怪を、昌浩は不満そうな顔で見た。
「いや、いつもいつもこうやって俺たちを出し抜いていたのか〜って感心してんのよ」
「・・・もっくん、何気に拗ねてる?」
後ろ足で頭をカリカリと掻く物の怪に、昌浩はきょとんとした顔で見た。
「ば〜か」
「やっぱり拗ねてるじゃんか」
「でも、うれしがってるよ?もののけは」
第三者の声の方を、物の怪の夕焼け色の瞳がマジマジと見た。
「・・・ま、凄い光景ではあるがな」
太陽が眠った夜。
昌浩の部屋にある影は三つ。
一つは物の怪。
もう一つは真っ白な狩衣に、真っ白な長布を纏っている“真白”こと、“己独自”の離魂の術を使用した昌浩だ。
そして最後の一つ。
昌浩の本体を動かしている、昌浩の別人格――“昌(ショウ)”。
本日、昌と物の怪は初対面だ。
「もののけ、秘密をいってくれたことがうれしいんでしょ?」
「―――物の怪言うな!」
条件反射で叫んだ物の怪に、昌は目をパチクリさせた。
そんな様子を見ていた昌浩は、しみじみと思った。
・・・・・結界張っておいてよかった。
物の怪の声は、とても良く響くのだ。
どこか遠い目をしていた昌浩を物の怪は睨むが、次に呆れたような顔になった。
「お前も・・・よくそんな術を考え付いたなぁ。晴明だって考えてなかったのに・・・」
「ふっ、若さの違いさ」
鼻で笑った昌浩は、本当に得意げだった。
昌浩が使っている術は、晴明が編み出した離魂の術ではない。
晴明の術は、魂そのものを身体から出し、実体を術で構成するというやり方だ。
だが、昌浩の使う術は違う。
あらかじめ、己そっくりに式の容量で“器”を作り、精神をつかさどる「魂」のみを偽の身体に宿す。
これによって、昌浩という意識が根こそぎ、作り物の器に移るわけだ。
そして本体には、肉体をつかさどる「魄」のみが残り、“昌”という残骸の意識があるためにコチラの本体は昌の意識で動かせるという寸法だ。
名づけるとしたら、この術の名前は“魂移しの術”とでも名づけておこう。
「まさか、偽の器を作ってそっちに精神だけを組み込むなんてなぁ」
「もっくん、それ二回目ぐらいだよ」
しみじみと頷いている物の怪を、いい加減聞き飽きてきた昌浩が半眼になって見ていた。
そんな二人を見ていた昌が、こくりと小首を傾げた。
「・・・いかなくていいの?」
その声が合図となった。
慌てて出て行く二人を見送り、昌はふと部屋の外、廊下の方へと出て、二人を見送る。
昌も廊下に出てそれを見送り、自分は部屋に戻ろうとしたところで足を止めた。
風が吹いた。
穏やかでいて、冷たく、不自然な風が。
「―――昌浩?」
訝しげな声が、昌の横から響いた。
昌がゆっくりと振り返ると、そこに顔を顰めた勾陣と、相変わらず無表情の六合が立っていた。
ぱちくりと、一度だけ昌は瞬きをして、いい事を思いついたとでも言うように不意にキラキラとした瞳で二人を見た。
いつもと様子の違う“昌浩”に、勾陣だけではなく、六合も訝しげな顔をしていた。
そして、昌はニコニコと笑っている顔の内側で、ある悪さを考えていた。
さらに言えば、此処には結界が張ってあるのに、何故二人は入ってこれたのか。
簡単な理屈だ。
結界を“張る前”におそらくこの領域に入っていたのだろう。
そして、それに気付かなかった昌浩がそのまま結界を張った、ということだろう。
「昌浩がわるいんだからね。昌がわるいんじゃないんだから」
ブツブツと口の中でだけ言い訳をして、昌は笑いながら二人に近づいた。
無邪気に近づいてくる“昌浩”に、勾陣の手が自然と筆架叉に伸びる。六合も僅かに戦闘態勢をとった。
二人が思っている事は同様のこと。
“昌浩の様子がおかしい”、この一点だけである。
・・・そして、気配が“昌浩ではない”ということだ。
戦闘態勢をとる二人を気にせずに、昌はゆっくりと歩く。
もう一歩で勾陣に届くという手前で足を止め、昌はニッコリと笑い、右手でついっと塀を指差した。
その行動に不審げな表情と雰囲気を出す二人に、穏やかな顔で昌は言った。
「・・・“こーち”と“りくごー”は、えらべる?」
「・・・何をだ」
静かに問いかける勾陣の瞳に剣呑な光が宿る。
六合も、そんな勾陣の半歩後で控えていた。
「―――もののけの・・・“れーん”と同じように、えらべる?」
「騰蛇と?」
「そう。れーんはえらんだよ?“いちばんたいせつなもの”を」
にっこりと笑う昌に、勾陣と六合は自らのペースを乱される。
何処までも無邪気に聞いてくる“昌浩”の、真意が読めないからだ。
「“いつわりのしんしょう”には、むずかしいことだもんね?今のじゅうにしんしょうの中で、“本物のしんしょう”はれーんだけ」
「「!?」」
二人は今度こそ、驚愕に瞳を見開く。
「どういうことだ・・・?」
六合が一歩前に出た。
寡黙な彼は、その瞳で語るのだ。
勾陣も思案顔になる。
“偽りの神将”、“本物の神将”は騰蛇だけ。
「・・・それは、何かの暗号か?」
「―――しりたい?」
勾陣が問いかけると、昌はこくりと小首を傾げた。
「あぁ、知りたいな」
勾陣が同意を示すと、六合も首を縦に振った。
その行動がよほどおかしかったのか、否、気に入ったのだろう。
ふふふっ、と昌は笑い、塀に向けていた指を勾陣たちの方に向ける。
「――――もどれなくなっても?」
「何のことかは知らないが・・・」
勾陣は不適に笑う。
「私は、それが真実だというならば、知りたいと思う」
「俺もだ」
二人の答えに満足げに昌は笑った。
「なら、昌浩とれーんをさがしたほうがいいよ?」
「そう言うという事は・・・“お前”は昌浩ではないと?」
「う〜ん・・・どうだろう?」
ニッコリと笑う昌は、どこか力強い雰囲気を発する二人を楽しげに見ていた。
そしてこれは、昌にとっての、昌浩への小さな反乱。
初めて、昌が昌浩に挑んだ勝負だった。
※ ※
「ん?」
不意に立ち止まり、昌浩は背後を振り返った。
「どうした?」
足元の物の怪が訝しげに聞いてくるのに、首を振ってなんでもないと意思表示をした。
・・・・・昌の声が聞えた気がしたけど。
浮かんだ考えに、首を振った。
今はそれを考えているときではなかった。
今の自分は“昌浩”ではなく、“真白”である。
「いくよ」
「おう!」
“真白”と物の怪は敵を探し求め、走り出した。
二つの影が、白き道に重なろうとしていた。