新たなる誘い2 ⇒ クロスワールド


都の影が動く。
のそりのそりと動く影は、道を走る白い影に目を細めた。



「くっそぉ〜、何処にいったんだ!?」
「逃げ足の速い奴だなぁ」
イライラとする昌浩と、のんびりした口調の物の怪。
対極の二人は、そろって道の中央に居た。
現在、二人(一人と一匹)が追っているのは、ミミズの巨大バージョンのような妖。
うねうねうねうねと術を回避していくそれに、昌浩は思わず・・・“真白”となっているにも関わらずに地団太を踏んでいた。
「あれが今回の依頼の最後の一匹なのにぃ!」
「・・・・・そうなのか?」
「うん」
こくり、と力強く昌浩は頷いて、物の怪に視線を合わせるかのように身をかがめる。
「アレは“あっちの次元”の妖が、こっちの妖との間に作った三匹の妖の最後の一匹なんだ」
「・・・つまり、混血ってことか?」
「そう言うこと。んでもって別次元同士の存在の間に生まれた妖は強大な力を得る。次元を歪ませるような、ね」
瞳を鋭くした昌浩に、物の怪はごくりと生唾を飲んだ。
「そのために・・・倒して回収してるのか?」
「うん。倒すと三匹は“玉”に変化する。その三つの玉を悪用されないうちに次元の魔女に渡す・・・と、これが今の“真白”の仕事」
にっこりと笑い、昌浩は立ち上がった。
「本当は、俺は“本当に叶えたい願い”もあるんだけどねぇ・・・まだまだ対価には届かなくてさ」
「・・・願い?」
「うん。俺が叶えたい願いは、」
地面にいる物の怪を抱え上げ、内緒話のように耳元に唇を寄せ、昌浩は言い放つ。
「――――――――」
「っ!?な、なんだと・・・」
昌浩の“願い”に呆然とした顔をさらした物の怪に、昌浩は穏やかに笑う。
「すっごく意外だろ?でも、それが俺の嘘偽りない願いだよ」
明るく笑い、唖然としている物の怪を地面に降ろした昌浩は大きく伸びをして空を見た。
そしてふと瞬きをして、手を叩く。
「あ、そうだ。あのさ紅蓮。実は十二神将って別の呼び方があるって事知ってる?」
「は?」
思考が活動を再開して瞬きを繰り返す物の怪に、昌浩は笑いながらキラキラした視線を向ける。
「侑子さんとこだとね、“十二神将”は “十二天将”ともいって、そっちは“こっち”とは違って本格的に神様なんだってさ」
ちらりと意味深げに視線を移し、昌浩は笑った。
「向こうの次元の妖とかには、“十二天将”っていったほうが多分意思疎通が可能だろうね」
その言葉が何を指しているものなのか、それをなんとなく察して頷く物の怪を笑みを浮かべた顔で見た昌浩は再び伸びをした。
「んじゃ、無駄話はここらへんにして・・・捜索再開といきますか」
にっこりと笑い、スタスタと先に歩き出した昌浩に、物の怪はしみじみと呟いた。
「さっきのお前の願いを聞いてつくづく思うが・・・お前さんは結局、晴明大好きなんだなぁ・・・」
ぺしん、と尻尾を地面に打ち下ろし、物の怪は地面に顔を向ける。
「お前の願いは当然の願いなんだろうな。だが――――」
苦笑。
「式神としては、叶って欲しくない願いだな」
・・・・・それでも、俺はお前を選ぶだろう。
自分の願いよりも、大切な大切な子供の願いを。
ひょんっと飛び跳ね、物の怪は素早く昌浩の元にいき、肩に乗る。
「なに?」
突然の行動にキョトンとした昌浩に、ニカッと笑い尻尾を振る。
「・・・お前の願い、俺が応援してやるよ」
目を丸くする昌浩に、物の怪はそ知らぬ顔で呟く。
「例え誰かがお前の願いを阻止しようとしたとしても、周りが敵だらけになったとしても―――」
一呼吸をおき、夕暮れの瞳が子供を見る。
「俺だけは、お前の味方だ」
物の怪の真剣な瞳。それを見返して、昌浩は笑った。
「・・・・・・・うん」
その笑みは、とても切なく優しい笑みだった。
「それにね、紅蓮。侑子さんいわく、俺は・・・」
「ん?」
「―――――――――」
昌浩が再び言った言葉に、物の怪は固まった。
その言葉は式神としては嬉しい言葉だったが、個人としては複雑な心境にさせられる言葉だった。

※ ※

「・・・さて、騰蛇の神気はどこにあるか・・・」
「勾陣」
「ん?」
とある屋根の上で、紅蓮の神気を探していた勾陣に、背後の六合が声をかけた。
いつも無表情の六合にしては珍しく、顰め面だ。
「・・・先ほどの“昌浩”の言葉、何か知っているか?」
「いや、まったくわからんな。騰蛇もそんな素振りも何も見せなかったからな」
―――“偽りの神将”、“本物の神将”は騰蛇だけ。
昌浩ではない“昌浩”が言った言葉を、二人は内心で考えていた。
「私たちが“偽りの神将”で、騰蛇だけが“本物の神将”、か」
勾陣は小さく呟き、家の屋根の上に立ち、しばし思案する。
その言葉は、騰蛇だけを十二神将と肯定し、他のものを否定する言葉にさえ聞えてくる。
“あの昌浩”は、騰蛇がその事を知っているような口ぶりだった。
否、おそらく知っているのだろう。そして昌浩も。
「考えれば考えるほど分からないな・・・」
抑えきれないため息を吐き、勾陣は頭を掻いた。
六合も内心混乱をし始めている思考に舞っていた。
ふいに、立ち尽くした二人の感覚に馴染んだ霊力の爆発と同胞の苛烈な神気が駆け抜けた。
瞬間、顔を上げて互いに頷きあうと、二人はその場から全力で駆け出した。
目指すは答えを知り、暗躍を繰り返す二人だ。

※ ※ ※

「にぃ〜がすかぁぁああああ!!!」
常ならば考えられぬ怒涛の速度(作り物の身体だからこそできる芸当)で走りぬけ、しゅっしゅっしゅっと左右に逃げる目的物に向かって二度三度と攻撃を繰り返す。
が、巨大化した鼠のような身体をもったその目的の妖はするするすると攻撃をよけ、道を脱兎の如く走り去っていく。
流石に四本足では疲れるほどのスピードなので、物の怪も本性に戻り追いかけつつ炎蛇を放つが、それさえも右へ左へと避けられ当たらない。
それに盛大に舌打ちしつつ、流石に遅れ気味になっている昌浩の腕を唐突に掴み自らに引き寄せ、昌浩の身体を持ち上げると紅蓮は屋根に飛び上がる。
その意思を察した昌浩が瞬時に真言を唱えて空中から地に向かって霊力の刃を叩きつける。
上からの攻撃に反応を遅らせたその妖は後ろ足に衝撃波を受けて吹っ飛ばされる。
再び地に降り立った紅蓮は、片手で昌浩を抱き上げ続けたままに右手を掲げて炎蛇を召喚する。
灼熱に彩られた炎の大蛇が咆哮を上げて吹っ飛んでいった妖に絡みつく。
雄叫びを上げる妖を睨み、昌浩は慣れ親しんだ真言を早口で唱え、衝撃波を繰り出した。
炎と霊力の攻撃に、鼠もどきの妖は断末魔をあげて地に倒れた。
動かなくなった妖の屍に駆け寄り、昌浩はその身体に手を触れ、短く呪文を唱える。
すると、その身体が白く輝き始め、しゅるりと形を丸く変えて行く。
そして光が収まると、フワリと中に浮かぶ白い玉があった。

ほぅっと知らずに安堵の息を吐き出し、昌浩は笑みを浮かべてその玉を持つと、体の向きを紅蓮に向ける。
「ははっ・・・紅蓮。これでやっと今回の任務完了だよ」
「そうか。まぁ、次回もこんな感じなのか?」
「多分ね」
昌浩はクスクスと笑うと、懐からスッと何かを取り出した。
「昌浩・・・なんだそれは」
「これ?ん〜、侑子さんがくれたものなんだよ」
スッと片手に持ち、紅蓮の前に示したその物体は、円形の鏡の枠の様な物で、左右に紐飾りがついている。
ただ、枠だけのそれを何に使うのか、紅蓮は見当がつかない。
顔を顰めた紅蓮を楽しそうに見ると、昌浩は掲げたそれを見せながら口を開いた。
「これは“灯華(トウカ)”っていう道具で、これを媒介に侑子さんの次元とこっちを繋いで連絡を取ったり、物の受け渡しができるんだけど・・・前に貰った事をすっかり忘れててさぁ〜。昨日ぐらいに書物の山を崩しちゃった時にしたから出てきたんだ」
あはは、と笑う昌浩に呆れた視線を向け、紅蓮は深々とため息をついた。
「・・・・・部屋の整理ぐらいしろ。晴明の孫」
「孫言うな!!」
条件反射的に言い返してきた昌浩を笑いながら見ていた紅蓮は、自分の感覚に訴えかけてきた二つの気配にピクリと肩を揺らす。
それから数秒の差で、昌浩も急接近してくる存在に緊張を走らせた。
そして、最悪の可能性が脳裏に走った。
置いてきた自分の本当の身体に宿っている、もう一つの人格に思考で呼びかける。
距離があるため、思考の接続がうまくいかずに焦るが、一拍の間をおいて繋がった思考に必死に訴える。
《昌!どうして二人がコッチに来るんだ!?》
繋がった瞬間に、安倍の家で寝たふりをしているはずのもう一人の自分に対して話し掛けるが、返って来たのは幼い笑い声。
くすくすと笑う昌に、昌浩は見ても分かるほどに困惑してしまう。
それに何事かと紅蓮が視線で投げかけてくるが、それに答える事無く昌浩は瞳を閉じてもう一度昌に話しかける。
《昌ったら!!》
《ねぇまさひろ。しょうぶだよ》
昌浩はようやく答えてくれたもう一人の己の言葉に、目を丸くした。
それに気付いているだろうに、気付かぬ振りをして昌は笑った。
《うけいれてくれる存在、きづいてくれる存在、きょうりょくしてくれる存在・・・》
一拍の間をおき、話しかけてくる“己”の言葉に、昌浩の心臓が跳ねる。
《ねぇ、まさひろ。昌は皆がうけいれてくれるほうに賭けるよ。ねぇ、“安倍昌浩”》
動揺する昌浩に諭すように、語りかけてくるもう一つの心の声。
《嫌われるのが怖くて嫌で、皆に知られることから逃げちゃった“安倍昌浩”》
離れた場所から語りかけ、そして“自ら”の事を吐き出すように言ってくる昌を、
《少しずつでもいいから、もうそろそろ前進しようよ》
いつもは自分が護ってきた幼いその存在を、
《だから、昌と勝負しようよ》
昌浩は初めて、
《どうせ隠すなら、楽しんだほうがいいと思うし?》
その存在が、もう一人の自分の存在が、“怖い”と感じた。



ねぇ、勝負をしよう

異質となった自分を知られるのが嫌で逃げ出してしまった貴方と

異質となった自分を知らせたいと強く望んでしまった貴方と

さぁ、勝負をしよう

受け入れてくれるか、拒絶されてしまうのか

立ち止まってしまった貴方と進みたい貴方と―――勝負をしよう?


さて、勝つのはどっち?

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あとがき

纏まりがない話になって申し訳ないです(汗)
昌が仕掛けた勝負とは昌浩の深層心理で“知られたら拒絶されてしまう”と思っている事対しての勝負です。
つまり、皆が認めてくれたら昌の勝ち、拒絶されてしまったら昌浩の勝ち、という勝負なのです。


以上が朱雫様が書かれた小説になります。
この次からは私が書いた小説になります。よろしくお願いします
h20/4/末日