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「……やった、の?」

天后が呟いた

その言葉に騰蛇は首を振る

「あれで倒せたら、楽なんだが」

「どういうことなの?」

訝しげに眉をよせる天后をみて騰蛇は視線を移した

「少し周りを見てくる。戻ってくるまで結界を解くな」

「ちょ、騰蛇!! 説明」

声を荒げた天后に答えたのは黙っていた太陰で、手は相変わらず天后の袖を握っていた

「最初、来たときはあたしが暴走しちゃったの」

「太陰」

優しく髪を撫でながら続きを促す

「暴走しちゃったんだけど、倒せたと思ったの」

でも、と口ごもる太陰に天后は先を読んだ

「また現れたのね」

こくりと首を縦に振る太陰

天后は安心させるように優しく微笑む

「しっかりしなさい。大丈夫よ」

こくりと太陰はうなづいた



「天后」

声がかかると太陰は見て分かるほど堅くなる

「どうだったの騰蛇」

天后も騰蛇もそれを分かっていながらも、どうすることも出来なかった

普段ならまだしも、ここにはこの三人しかいない

それは太陰も分かっているから、ただ黙っている

騰蛇は二人からできるだけ離れていた

「近くにはいないようだ。結界を解いても大丈夫だろう」

その言葉を聞いて天后はほっ、として結界を解く

大丈夫か、と声がかかるが、それに大丈夫と答え、気を張りなおす

「それより騰蛇。さっきのだけれど」

「ああ、おそらくまた来るだろうな」

太陰がまたびくり、と身体を振るわせる

「天后、奴らをどう思う?」

「どうって……力がばらばらのように感じたわ。太陰は?」

「わっ、分かんない。……でも、なんか変」

太陰が涙声で必死に言葉をこぼす

「変?」

「なんだか分かんないけど、違う感じがして」

「太陰の言いたいことは分かる」

騰蛇が腕を組んだまま視線を別の場所にやる

「気配が混ざってるような。さっき来たやつとその前来たやつは違う」

「う…ん」

「それって、たくさんの妖の集合体ってこと?」

「おそらくな」


――どおぉぉん

会話が一息すんだその時、その場にこだまするような音が響いた

ぶわりと嫌な空気がまとわりつく

太陰だけでなく天后も息を呑んだその空気

騰蛇の舌打ちがかすかに聞こえた気がした

「な…なん…なの」

天后の声に色がない

さっきよりも重い、どろどろとした気配

「でかい集合体が、さらに集合したか」

騰蛇が声だけで哂う

太陰が悲鳴のような声を上げる

「どうするのよ!!」

「天后」

下がってきた騰蛇はそっと声をかけた

「な…に?」

「結界を絶対に解くな。太陰」

「なに…よ」

「しばらく我慢しろよ」

天后が言葉通りに結界をはると、結界越しでも分かる灼熱の闘気が吹き荒れた

額の金冠が鈍く光る

からん、と外れたそれが音をたてる

向こうからは、吐き気がするほどの紫色の物体

触手を幾本も揺らめかせ、見た目はへどろのよう

天后は寄せていた眉をさらに寄せ、太陰は見たくもないと目をそむけた

しかし、いくら妖の集合体といえども所詮は妖、神の末席に連なる十二神将の相手ではない

場所と共にいる面々と精神的気分のより、遅れをとったが、本気になった騰蛇にとっては意味がない

「いい加減にしてもらおうか」

不適な哂いとともに地獄の業火が舞い散る

闘気が爆発し、結界がたわんだ

「太陰!!」

騰蛇が叫び、太陰が目を見開く

騰蛇は上を指し示す

そこにはうっすらと歪んだ道が見えた

渦巻く空気の中騰蛇が叫ぶ

「太陰、行け、お前なら脱出できる。道を開け、翁に伝えろ!!」

「でも!!」

ここに同胞を置いて自分だけ逃げるなんてこと出来る筈がない

「行きなさい!! あなたが行けば道は繋がる。風の軌跡を百虎が捕らえてくれる」

だからはやく、と天后も叫んだ

「……わかった。絶対に助けに来るから!!」

覚悟を決めて太陰は飛び出す

周りの空気は行けば行くほど重くて気持ちが悪くて、なにより同胞を置いて行かなければならなくて後ろ髪が引かれる

もっとも気持ちが悪い部分を抜けると、何か膜のようなものを抜けた気がした

懐かしい空気が自分をまとい、そのまま気を失う





「天后!!」

太陰の姿が消えた瞬間天后の体が崩折れた

あわてて駆け寄った紅蓮が抱きとめ、障壁を築く

周りは未だ炎が化け物を包んでいる

「しっかりしろ!! 天后!!」

「だい…じょうぶ」

額に玉のような汗を掻き、肩で息をしながら、天后は答える

騰蛇は天后の限界に気づいていた。もともと守りの神将ではない天后の限界も見えていた

だからこそ太陰を無理やり行かせたのだ

太陰がいるのといないのでは天后の気の持ちようが変わる

太陰がいれば、しっかりしなければ、とない力を振り絞る

それはすぐ限界に達することになってしまい危険だ

それに少ない人数のほうが結界の大きさも小さくできる

太陰は無意識に騰蛇から離れようとしていたからそれだけでも楽になった

でも、太陰に言ったことも本当で、ここから全員出ることは難しいから、風将で、体も小柄な彼女を逃がした

それに百虎なら風の軌跡をたどって、道を見つけられるだろうと思ったのだ

「間に合ってくれ」

俺の力が持つうちに、ここをみつけてくれ





――――――
今更ですが、三人がいるところは異界となっております
もうちょっとだ、頑張るぞ





h20/4/8
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