目録
「呼出し」



いつもの見回りの最中に、安倍昌浩は気高い龍を見た。
都の北を守護する山、貴船。
そこの主が姿を見せたということは、呼んでいる、ということだろう。

「でも、ここから貴船って」
「車ノ輔でも帰ってくる頃には朝だな」

昌浩の言葉に、物の怪が不機嫌そうに返答した。
どうしたものかと昌浩は思案にくれる。
車ノ輔を呼ぶか、それとも一度屋敷へ戻って白虎に運んでもらうべきか。
昌浩としては後者をお願いしたいが、白虎に頼むと言うことは、主である晴明に許可を取ると言うことだ。
それはご遠慮したい。
しかし、車ノ輔だとどれだけ急いでも帰るのは明け方。
育ち盛りの子どもとしては睡眠はとても大切なものだと常々物の怪からいわれている。
物の怪の意見を伺おうかと視線を向けようとしたところ、慣れ親しんだ気配がこちらに向かってきたのに気づいた。

「あれ、めずらしい」

そう思ったのは昌浩だけではない。物の怪も六合も目を瞬かせる。
その気配は近づいて、昌浩たち一行の前で止まった。
ふわり優雅に降り立ったのは闘将紅一点の勾陣。
そして風将である太陰。
太陰は物の怪の姿を見ると一瞬体をこわばらせた。
その様子を見た物の怪は気にすることなく、しかし昌浩と会話ができるようにと彼の肩から降りて勾陣の元へと向かう。

「白虎に何かあったのか?」
「いや、特に何もなかったさ」

物の怪の問いに勾陣は普通に答える。
そこに含みはなかったから、物の怪もそれ以上追求せずに太陰の方へと視線を向けた。

「太陰どうかした?」

昌浩の問いに太陰は落ち着かせるように一度大きく息を吸い込む。

「貴船の祭神が呼んでるんでしょう。晴明が送れって」
「ああ、うん。ありがとう」

何だか複雑な気持ちになりながら、昌浩は太陰の、決して祖父のではない、申し出を受け入れた。
高於神に呼ばれた昌浩は貴船へと太陰の風で向かう。
いつも乱暴な風は、彼女の感情が表れているのかわずかながらいつもと違った。
いつもならば苦手な物の怪がいる場所に、自ら近づくということはしない。
白虎が出かけているとか、急いでいるとかではないのだ。それなのに彼女が自分から物の怪とともに風に乗る。
昌浩は不思議に思ったけれど、何も言わなかった。
最近十二神将が変なのだ。
多くの神将が異界から出てきている。姿を見ていないのは天空くらいだった。
おそらく先日の変な襲撃がきっかけなのだとは気づいている。
しかし、何があったのかは知らない。
誰も教えてはくれないからだ。
教えて、といえる雰囲気でもなかった。
多分、十二神将に関することなのだろう。
祖父である晴明のことならば、晴明自身が何かをしているはずだ。
けれどもそんな様子はない。
ただ、十二神将だけがぴりぴりとしているのだ。
だから昌浩は黙っている。
必要ならば話してくれると知っているから。
おそらく何かが変わる。
そんな予感を昌浩は感じていた。




高於神に失礼に当たらないくらいに近づいて、そこから一行は歩いていつもの場所へと向かった。

「高於神、お呼びでしょうか」

昌浩の言葉に空から光とともに貴船の祭神は姿を現す。

いつものように斜に構えた女神は昌浩を見やると楽しそうに口を開いた。

「久しぶりだの、人の子よ。最近何か変わったことはあるか?」
「高於神にご報告するようなことは何も」

昌浩の言葉に龍神はあっさりと頷いた。
いつもならばもう少し話を引き伸ばそうとするのだが、それがない。
昌浩は目を瞬く。

「それは結構。さて、そこな神将よ」

あっさりと話を終わらせた高於神は、随行してきた十二神将に視線をやった。
突如に指名された神将たちは高於神をみやる。
物の怪が姿を変えるべきか逡巡したが、高於神が目でそれを止める。
太陰との関係を知っているからだ。しかし、その心遣いに違和感を覚える。
高於神の顔には面白そうな顔が浮かんでおり、違和感と嫌な予感を覚える。

「何か」

物の怪と高於神のやり取りが終わったのを見計らい、勾陣が高於神へ言葉を促す。

「もう弥生も終わる。来月は神無月だ。我は伊勢へと向かう」

神無月。その名の通り神が伊勢に集まり、各国を不在にする季節。
十二神将も神に属する存在だが、あいにくと人を親に持つとして他の神に神と認められておらず、呼ばれたことは一度もない。

「それが何か」
「うむ、実は伊勢から使いの者が来てな。おまえ達を招待したいという言葉を言付かったのだよ」

もったいぶったその言葉に神将達は固まった。

「高於神よ。今、なんと言った」

いち早く言葉を発した勾陣に、高於神は再び口を開く。

「今年の伊勢にお前達も招待された、と言った」

さすがに直接言いに行くのは気位が高すぎるのだろう、と高於神は冷静に言葉を続ける。

「一体何が目的だ」

物の怪の答えに高於神は答えない。
知っているのか、それとも知らないのか。それすらも判断できないうちに気まぐれな神は姿を消そうとする。

「ではな、確かに伝えたぞ。この高於の顔に泥を塗るなよ」

それはすなわち必ず来い、ということ。
霧のように姿を消した高於神を見送って、昌浩は呟いた。

「俺、紅蓮たちを呼び出す餌だったんだね」

そう言ってみたのだが、己の中で葛藤している十二神将たちに届くことはなかった。





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ソノカミサエモサカラエヌショウタイ


十三巻十五巻




h21/11/18

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