煉獄と魔女と白 ⇒ クロスワールド

『特別に、教えてあげる』
そして、俺は太古に閉じた扉を押し開いた。


※ ※ ※


何も無い黒い空間。
静けさで満ち溢れ、何も無かったそこに、一つの光が出現した。
その一つの光を持っているのは、迅雷だ。
迅雷は辺りを見回すと、納得したかのように一つ頷き、光の玉を空間に放り投げる。
光の玉は地に落ちることなく浮かび上がり、そのまま宙で停止した。
そしてさらに光の玉は輝きを増し、その光が魔法陣へと転じる。
昌浩の魔法陣だ。
それをニンマリと見ていた迅雷が拍手を一つ打つ。
瞬間、玉が凄まじい光を発し、空間が破裂した。
《こんなものか?》
迅雷はぐるりと見回し、その“空間”に満足げに頷いた。

その空間に唖然とする者達がいるのだが、それはまた別のお話である。


※ ※


本日、安倍昌浩・・・物忌みなり。
ということで、自室で書物を広げる昌浩の後で、物の怪はすやすやと眠っていた。
特に大きな出来事は此処最近起こっていない。
・・・・・・・・・しいていえば晴明の“攻撃”に物の怪が疲れているだけだ。
部屋に書物を捲る音のみが響く。
ふいに空気が動いた。
昌浩が書物から顔を上げ、物の怪が跳ね起きる。
「・・・なんだ?」
真っ昼間。異形の者が活動するには早すぎる時間だ。
だが、不穏な空気が都にかすかに流れた。
「・・・妖かなぁ?」
「いや、・・・違う気がする」
昌浩が疑問を零すと、物の怪が訂正を入れる。
二人の会話の途中で、、不穏な空気は瞬間的に掻き消え、跡形も残らなかった。
「ま、だいじょーぶだろ」
ひょんっ、と方耳を跳ね上げ、物の怪は大欠伸をした。
そのまま眠りに落ちる物の怪を、昌浩は笑って書物に向き直った。
一枚捲った後、ふいに昌浩は顔を上げてガバリと物の怪に視線を飛ばす。
物の怪はくーかーくーかーと、実に呑気に眠っている。
唖然としていた昌浩だったが、ため息をついて書物に向き直った。
「・・・ごめん、もっくん」
どこかと遠い目で、昌浩は誤った。

既に、騒動は物の怪の夢の中で起こっていたのだ。



『はぁ〜いv』
十二神将騰蛇こと紅蓮は、顎が外れるということを始めて経験したかのように驚いていた。
己という存在以外に何も無いであろうそこに、巨大な鏡があった。
『騰蛇、特別にいーこと教えてあげるわ』
「・・・・・・・・何故ここにいる!?」
次元の魔女が鏡越しに現れた場所は・・・―――紅蓮の精神世界だった。
誰も現れない深層の世界のはずなのに、あの世もこの世も吹っ飛ばして異界からの来訪者だ。
慌てる紅蓮に、侑子はカラコロと笑って手をぱたぱた振る。
『企・業・秘・密vさて、さっきも言ったけどいい事教えてあげるわ』
「いらん」
即答もなんのその、侑子はサラリと躱して言葉を続けた。
『この前も見たけれど、貴方はもう“偽りの騰蛇”ではなくなってるのね〜』
しみじみと言う侑子に、話の見えない紅蓮は柳眉を上げる。
「―――“偽り”も何も、俺は生まれたときより“騰蛇”だ」
『――いいえ』
意味深げに否定した侑子を、紅蓮は黙ってみた。
先ほどの愉快犯的な空気は鳴りを潜め、真剣な瞳がそこにある。
『これから起こる事は、“真白”にとってもちょっと骨の折れる事だわ。少しでも戦力がいるのよ』
「なに?」
“真白”=昌浩にとっての危険は紅蓮にとっては避けたいことだ。
自然と表情が鋭くなる。
『少し外れるけれど、貴方は“理”とは何のために存在すると思ってる?』
「――――」
理の一言に、紅蓮は押し黙った。
十二神将の絶対の理。
紅蓮は、それを破った。
暗くなった紅蓮に、侑子は「おーい」と声をかけた。
瞬間的に意識が浮上した紅蓮が視線を向けると、侑子は苦笑していた。
『そんなに深く考えなくてもいいのよ?』
「・・・あぁ、そうだな・・・・・“踏み入れてはならない領域の境”のため、か?」
『―――――そういうでしょうねぇ。“偽りの十二神将”なら』
苦笑を浮かべて、またもや“偽り”の言葉を言った侑子に、紅蓮は訝しげな顔を向ける。
『“十二神将は人を傷つけてはならない。殺してはならない”―――これ、何のための“理”だと思う?』
さらりと言った侑子に、さしもの紅蓮も混乱をきたし始めた。
・・・・・・・“何のための”理か、だと?
「そんなもの―――」
言い返そうとして、紅蓮は息が詰まる。
理は、十二神将が生まれてから、それこそ何千何百年と覆されなかった物。
そこで、紅蓮は疑問に思った。
・・・・・・そうだ。
「何のための、理なんだ・・・?」
・・・・・・・俺たちに、“親殺し”をさせないためか?
グルグルと考え出した紅蓮に、侑子は口を開いた。
『――馬鹿ねぇ。貴方も、他の神将も』
その言葉に、紅蓮はカチンときた。
「馬鹿といわれる筋合いは無い」
『馬鹿よ馬鹿!そんな事もわからないのか、と言うべきか・・・よくぞまぁ、と言うべきか悩むところね・・・』
ブツブツと愚痴のように言い出した侑子は、ガバリと顔を上げると、鏡越しに紅蓮に指をビシッと出した。
『いーこと!?貴方たちは“時代の移り変わり”というモノを知らないの?いつまで後生大事に抱えてるのよ』
凄まじく呆れた視線に、紅蓮はキレた。
「なんなんだ、さっきから!大体誰の許可を得て此処にきたんだっつーの!?」
『・・・・・物の怪と混ざってるわよ』
侑子の冷静な突っ込みに、我に返った紅蓮は慌てて押し黙る。
『まぁ、と・も・か・く!騰蛇は十二神将の中で“偽り”から“真”の神将なれたんだから、それを肝に銘じておきなさいな』
「だから待て、“偽り”だの“真”だの一体何のことを・・・」
『だ〜か〜ら〜』
侑子は呆れたように声を出し、紅蓮を見た。
『親離れできたからおめでとうっ!ってことよ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」
間。
沈黙。
静寂(しーん)
時計の針の音(チクタクチクタク・・・)
電子レンジの音(チン!)
空気を肺にためて・・・、
「親離れだぁぁぁぁぁああああ!?」
『反応遅っ』
侑子の静かな突っ込みも、現在の紅蓮には聞えていなかった。
らしくも無く叫んだ紅蓮に、侑子は呆れを通り越してもはや苦笑だ。
イメージも何もかも殴り飛ばして絶叫した紅蓮に、侑子が解説を入れる。
『確かに人が定めた理よ。“十二神将は人を傷つけてはならない。殺してはならない”・・・でも、おかしいと思わない?』
「・・・・・何処がおかしい・・・。」
『あーもー、この石頭!お馬鹿!変態!!』
「最後は断固抗議を起こすぞ!!!」
冷静沈着、冷酷無慈悲と恐れられる紅蓮も、次元の魔女にとっては“玩具扱い”だ。
『確かに、あなたたちにとって人は“親”でもある。“親殺し”を定められているのもそのため。でも、それでは駄目なのよ』
紅蓮の訝しげな視線を受けながら、侑子は話を続けていく。
『そのままでは、貴方たちは名前ばかりの“偽りの十二神将”のまま――“人の子”のままよ。それでは、大切なものが護れないときが必ず来る』
「“人の子”のまま・・・?」
『そう。名ばかりの偽りの神将。“真白”に必要なのは、“理”が与える負の感情を耐え抜き、“親離れ”をした真の神の眷属。“人の子”ではない、神の眷属たる“真の十二神将”が必要なのよ』
「――――」
沈黙を保つ紅蓮を、侑子は真剣な瞳で射抜いた。
『理を破り人が定めた思いを外れた者。人の思惑通りに行かず、己の思うままに存在し、力を振るう存在をなんていうか知ってる?』
何かに気付いたように、大きく瞳を見開いた紅蓮が口を開く。
『「神」』
二人の言葉が重なった。
『人の思いが定めた天の理に沿っている限り、神将は“人の子”という言霊から外れる事はできない。それは人という“存在そのもの”を一番に考えている限り、ね』
「存在そのもの・・・?」
『ねぇ騰蛇。あなたは自らの意思ではないにしても、理を破った。それによって貴方は絶望と恐怖を味わった。それが親から離れ、真の神将になったという証であり・・・貴方も気づいていない事の現れ』
「・・・なんだと?」
『理よりも何よりも――貴方には誰にも決して譲れなくて、人間という存在よりも、大切な存在があるんじゃない?』
侑子の言葉に、紅蓮の脳裏に二つの人影が横切る。
その内の一人は、己に無邪気に笑いかけた幼子だ。
「あぁ・・・・ある。俺には、譲れないものがある」
『それが親離れ。例えば〜、確かいたわね。十二神将同士で恋人になったっていう神将が』
「朱雀と天一か?」
恋人と言ったらその二人しかいない。
『彼らは、もっとも貴方に近い存在。お互いを大切に思いあっているのだもの。でも、“理”や、人という存在を無意識に一番に考えている限り、彼らは“偽りの神将”のまま』
「待て」
侑子の言葉を遮り、紅蓮は鋭い眼光で魔女を見据えた。
「それは、十二神将全てが、人を殺さなければならないということか?」
・・・・・そうでなければ、真の十二神将にはなれないと?
紅蓮の疑問を、次元の魔女は不思議な瞳をしていった。
『――――いいえ。そうではないわ』
静か過ぎるほどに静かな声が、紅蓮の世界に響いた。
『理に抗うには“意志の力”がいる。思いの力。理から外れる条件は“理と人間を一番に考えない”と言う事』
「―――俺たちの主は、人間だ」
『それは種族名でしょう?貴方たちの主は安倍晴明という“たった一つの存在”であって、人という種族全てではないでしょう?』
安倍晴明は、この世でたった一人。
『そして、貴方がどれほどの血が流れようとも護りたい存在も、“昌浩”という存在であって、人と言う種族全ての存在ではない』

“十二神将は人を傷つけてはならない。殺してはならない”

『貴方たちの理は人という“存在全てに及ぶ理”。“特別な一人”を決めても、無意識に貴方たちは主と同等の位置に人間全てを置いてしまっている。どんなに特別視しても、理が十二神将の意識にそう働きかける』
そしてそれが理の存在意義。
『“十二神将に人を永遠に思わせ尊重させる”それが理の意義であり、この理は“主”を定める基準にもならず、人という存在から貴方たちを抜け出せないようにする“足枷”であり“首輪”』
その言葉に、紅蓮は納得した。
敵が人であった場合、十二神将は主を守護しようにも守護できなくなる。
そして大切な主を守れないことに、悔しさを感じるのだ。
「首輪や足枷を自ら断ち切った存在が、“偽り”の神将から“真”の神将になる、か?」
『正解』
侑子は、にやっと意地の悪い顔をして笑った。
『その全ての枷を自らの意思で外し、“人の存在全て”と“特別な存在”を同等に考えずに“特別な存在”を頂点に置いた神将が、真の神の眷属になる』
「だから、俺は真の神将だということか」
『そうそう。理解が遅いわねえ〜』
呆れた顔の侑子を直視できずに、紅蓮は視線を横に飛ばす。
『自分の意思ではないって事は、つらい事だったでしょう?』
「あぁ、そうだな」
紅蓮が目を伏せるのを、侑子は苦笑気味で見ていた。
雰囲気的に、吹っ切れた様子の紅蓮が、侑子に視線を向けた。
「俺は俺の道を行く。それが茨であろうとも、血に染まっていようともな」
・・・・・どれほど責められようと、負の言葉を降り注がれても。
『その心意気ね。ま、真の神将になるってことは、意識の問題だからね。本当は他人があれこれ言うことじゃないんだけれど。わからずやがいたら教えてあげなさいな。そ・れ・に・!』
ピシッと指を上げて、侑子はニマ〜と笑った。
『やっぱり神は唯我独尊じゃなきゃねv』
「・・・・・十分、あんたも唯我独尊だ」
ついでに天上天下が前につく。
ジト目の紅蓮に笑みを向け、侑子は手を振ると、鏡は役割を終えてバラバラに砕け散った。
意識が浮上する感覚に、紅蓮は目を閉じた。


※ ※ ※


「あれ・・・起きたんだ、もっくん」
「・・・・・もっくん言うな」
起きた物の怪は内心で冷や汗を流していた。
それもそうだろう。
起きたら眼前に、書物を二つ重ねて両手で持ち、大きく振りかぶっている昌浩が眼前にいた。
いつかの仕返しらしい。
その証拠に、ニッコリ笑っている昌浩の背後に“黒い靄”がある。
「エーと、昌浩サン?」
「ん?なに?」
ニコニコと笑顔の昌浩は、そのまま何事もなかったかのように書物をしまって、さわやかに対応している。
・・・・・・・見事だ。
場違いかもしれないが、物の怪はしみじみとそう思った。
昌浩が書物をしまっている様子を見ていた物の怪が、明後日の方を見ながら口を開いた。
「なぁ」
声をかけられた昌浩が振り返ると、物の怪は続きを口にした。
「お前は理の真実を知ってたのか?」
ポツリと声を出した物の怪の言葉に、昌浩は動きを止めた。
どこか遠くを見ている物の怪に、目を伏せた昌浩は口を開く。
「うん。知ってた。始めて“真白”になった時に侑子さんが教えてくれたんだ」
「―――そうか」
風が吹く。
部屋に入ってくる穏やかな風に後押しされるかのように、昌浩は泣きそうな顔をした。
「本当は・・・さ、気付いて欲しくなかったよ。紅蓮に」
「――――」
「だって、気付いたら・・・・・」
気付いたら、紅蓮はもっと危険な目にあうだろう。絶望を味わうだろう。
“偽り”の神将に、非難の瞳を浴びせられるだろう。
それは、昌浩が絶えられない事だ。
「馬ぁ鹿」
ビシッと尻尾で昌浩を叩いて、物の怪はニマッと笑った。
「俺は気付いちまったんだから、それは仕方ない事だ。俺だってなぁ。出来れば人を殺めたくない。お前が悲しむからな」

だが。

「もしも、お前に危害を加え、敵対し、殺めようとする人間がいたら―――」

そのときは。

「俺にとって、安倍一族と、お前らが大切に思ってる奴等以外の人間など、何の価値もない存在だ」

そのときは。

「―――――俺は、迷い無くそいつを殺す。なんの、ためらいもなく」

己から、大切なものを奪おうとする者に、情けなどかけてやらない。
物の怪の言葉を、驚いた顔で見ていた昌浩は、ふいに笑った。
「じゃ、俺が頼んだら紅蓮は人を殺さないんだ」
「―――待て」
数秒考えて、即座に物の怪は待ったを出した。
・・・・・何を聞いていたんだこいつは!?
「俺は、紅蓮に人を殺めて欲しくない。それは、十二神将の皆にも言いたいことだ。でも――」
でも。
「なるべく、殺さないでね?」
・・・・・紅蓮が苦しむところなど、見たくない。
目を伏せる昌浩の脳裏に、背中を丸める物の怪の姿があった。
絶望し、己の力に恐怖した姿。
だから。
「もし、十二神将を殺そうとしたり、俺の大切な人たちを傷つけようとする人間がいたら」

そのときは。

「八つ裂きにしてやりたいぐらい、俺は憎むと思う」

そのときは。

「―――――俺が、殺す」

だから。

口から出てくる言葉は物騒だか、昌浩の瞳は何処までも綺麗だ。
「紅蓮は、殺さないでね」
「約束できんな」
サラリと、昌浩の言葉を否定し、物の怪は瞬き一つで本性に戻った。
紅蓮は笑っていた。
「俺が殺す」
「やだ。俺が殺すの」
双方の意見が同じ場所でぶつかり合う。
思いは同じ。
“苦しむ姿を見たくない。”
いたちごっこのように、双方が同じ意見を繰り返していたが、ふいに二人して声を出して笑い出した。

「「なら」」

声が重なる。

「「早い者勝ちってことで」」

それはそれでどうだろうか、という天の疑問を無視し、二人は同時に笑った。
黒い靄が部屋を覆っているのは気のせい・・・だと思いたい。

ちなみに。
偶然通りかかった青龍が、黒い靄に当てられて寝込んだとか何とか・・・。

あとがき

黒昌浩降臨〜・・・だけでなく、黒紅蓮降臨〜(えぇぇ?)
二人ともがお互いを大事に思っているため、汚れた仕事をさせたくないという双方のぶつかり合いです。
ま、人を殺すとかそう言うのはやらない予定ですが(NARUTOじゃあるまいし)
三途の川一歩手前まではやるかもです(笑)
最後は微妙にギャグで終わらせました。

今回、ネタにした“理が基準の親離れ説”は、模造と言うか妄想と言うかという感じのものです。
若干羅滉の意見が入っておりますが、羅滉は微妙にこう考えています。
いや、だってねぇ。原作読んでて思ったんですよ。
親殺しをさせないための理って感じだけれども・・・実際は皆様人間傷つけてるし、どんどんためらいなくなってるし・・・はっ、これはまさか親離れ!
我ながら、アホな発想をしたと思います・・・・・ごめんなさい!(逃亡)

次回はギャグに走る・・・予定。
“真白”お仲間が増えます・・・たぶん。
昌浩争奪戦争ヒートアップかなぁ?