「そろそろかしらねぇ・・・」
「そうだなー」
酒を飲みながら、侑子とモコナは呟きあった。
もうすぐ、月が真上に降臨する。
※ ※ ※
「で、昌浩・・・どういうことだ?」
「なにが?」
巳轟と氷凰が都探検に出かけ、再び二人っきりになった頃に、紅蓮が昌浩に問いかけた。
昌浩は紅蓮を見上げながら顔を顰めた。
それに紅蓮の瞳がつり上がった。
「とぼけるな。あの二人がお前の作った式だということは納得できるが・・・あの強大な力は何だ?下手をすれば俺たち十二神将に匹敵しているぞ」
「・・・それが?」
面白くて仕方が無いとでも言うように笑う昌浩の顎に手を置き、上に向かせる。
「そして、決定的なのが神気だ。今はもう感じないが、あの式達が形成される時に微弱だがお前から神気を感じた・・・・・晴明の持つ“天狐”の力でもない。俺たちに近い力」
言葉を言い切ると、紅蓮の瞳が真剣さを一層強く帯びた。
「そしてもう一つ、お前が都を騒がせる正体不明の白い術者・・・“真白”だという事、俺に気付かれずに一体どうやってあの部屋から抜け出していたんだ?」
正確には紅蓮だけではない。長い間、あの安倍晴明でさえ気付かなかった。
「―――お前に、何があった?」
僅かな沈黙が流れる。
昌浩が紅蓮の瞳を見返して、紅蓮は昌浩の瞳を覗き込む。
《それは、わしが教えよう》
声がした。
昌浩は瞳を丸くし、紅蓮は瞳を見開いた。
条件反射的に紅蓮は昌浩を護るように抱きかかえる。
霊力が結集し、昌浩の意思に関係なく魔法陣が足元に形成される。
陣より現れたのは白銀の髪を煌かせる青年。その容姿は何処となく昌浩に似ている。
「迅雷!?」
昌浩が、突然現れたもう一人の己の保護者に、思わず声を上げた。
「何者だ?」
警戒をあらわにする紅蓮に、迅雷は起こるどころか感心したように眺めていた。
昌浩を何が何でも守るという姿勢に好感を持ったのだ。
《初めまして、といったところか。わしの名は迅雷。“時渡り”の神龍にして昌浩の相方の一人であり、今は式をやっている》
「“今は”・・・だと?」
迅雷の言葉に、紅蓮が訝しげに言う。
“今は”、ということは前まではそうではなかったという事だ。
それには迅雷は笑みで答える。
《まぁ、いろいろと・・・な。今のわしは昌浩の式。そしてあの二人を一応纏める役目だ》
ケラケラと笑う出す迅雷を眺めている紅蓮の腕の中で、昌浩は身じろぎした。
昌浩の様子に敵ではないと判断した紅蓮が、昌浩を放す。
昌浩は迅雷を嫌そうに見た後、俯いてしまった。
それを了承ととったのだろう・・・迅雷は話し出した。
《昔の話だ。・・・昌浩が幼少の頃に、一時行方知れずになったときはなかったか?》
迅雷の言葉に、紅蓮はしばし考えた後にハッとした顔で昌浩を見ていった。
「あった・・・確か、見鬼の才が封じられて少したった頃に・・・」
あの時、吉昌や露樹だけでなく、あの晴明も慌てた顔で十二神将の数人に捜索を頼んだほどだ。
運よく、道端で眠っているところを発見できたが・・・。
「まさか、俺たちが発見する前に、何かあったのか・・・?」
愕然とした顔で凍りつく紅蓮を、昌浩はすまなそうな顔をして見ていた。
迅雷がその空気を裏付けるかのように話し出した。
《妖に襲われて、瀕死だった》
「――――っ!!」
ザッと顔を青くする紅蓮を安心させるかのように、昌浩が紅蓮の腕に抱きつく。
《瀕死の昌浩の元に、丁度“時渡り”をしてきたわしが出くわしてな。元々、つまらなくて飽き飽きしていたので消えてもいいかと思ってな》
迅雷は不意に苦笑した。
《“次元の魔女”と呼ばれる存在に協力を仰いで、わしの魂を昌浩の魂と融合させる事を思いついた。そのとき、わしは消える予定だったんだが―――》
「次元の魔女が、迅雷が消えるのを許さなかったんだ」
ギュッと紅蓮に抱きつきながら、昌浩が続きを話し出した。
「魂の欠片ともいえる迅雷の“意思”や“自我”を残したまま、俺たちは融合した。それが対価だったんだ。消えたいと望んだ迅雷にとって、それは途轍もなく大きな対価だったから」
《それゆえ、十分な対価になった。“わしの”はな》
言葉に含みがあり、紅蓮は青い顔のまま顔を顰める。
「・・・どういうことだ?」
「俺にも対価がいるんだ」
紅蓮を見上げて、昌浩は一瞬迅雷を見た後に続ける。
「“願いを叶えるにはそれ相応の対価がいる”・・・瀕死なのは“俺”だから、俺に一番重い対価がくる」
《そして、その対価を支払うために、次元の魔女の依頼を無償でやり始めた。それが“真白”の正体だ》
交互に話す“昌浩”に、紅蓮はショックを受けた顔のままだ。
「“真白”って名前は“次元の魔女”と迅雷が考えてつけたくれたもう一つの名前。“次元の魔女”という二つ名と同じようなものかな・・・?」
「一つ、聞かせて欲しい」
ポツリと一言、疑問のように言った昌浩を抱き締めて、紅蓮は迅雷を見た。
白銀の髪を靡かせて、迅雷が紅蓮の顔を見る。
「お前は・・・いや、昌浩もだが、“時渡り”とはいったい・・・」
《“時渡り”とは、別の世界を移動する力の事。我ら神龍の一族は、異次元を永久に旅する存在》
紅蓮の質問に語りだした迅雷は、晴れ渡った夜の空を見た。
《世界は広くて狭い。そして、それを知るものの間では世界は一つではないということだ》
ニンマリと笑い、迅雷は二人に笑う。
《では、わしは眠るとする。少々疲れたのでな》
いいたいことだけ言って、表から消えようとする迅雷を昌浩が睨むが、何処吹く風のようにヒラヒラと手を振ると迅雷は空気のように消えた。
※
迅雷が消えたのを傍観し、昌浩から身体を離すと、紅蓮は下を見る。
そこに、昌浩がいた。
少々青い顔をしている昌浩が視線を感じたのか、肩を僅かに動かして身じろぎする。
その顔は、まるで叱られるのを待っているような雰囲気を出していて、知らずに紅蓮は笑ってしまった。
ぐしゃり、とその頭を撫でれば、昌浩は途端にキョトンとした顔で紅蓮を見た。
やっと見返してきた昌浩を見て、紅蓮は穏やかに笑う。
それは、他の十二神将が見たことも無いぐらい、穏やかな顔だった。
「もう、秘密はなしなんだろう?」
紅蓮の言葉に大きく瞳を見開いた昌浩は、次に泣き顔のような顔になって頷いた。
「――――うん」
花咲くような笑顔になった昌浩だったが、空を見た瞬間にその瞳が凍りついた。
何事かと思い空を見た紅蓮の瞳に飛び込んできたのは、見事なほどに綺麗な満月。
中天に差し掛かろうとする月を見て、昌浩は慌てたように紅蓮の手を掴んで走り出す。
「来て、紅蓮!“次元の魔女”に呼ばれてるんだ!時間が無いっ!」
※
着いた場所は、大きな泉のあるところだった。
息を全く切らしていない紅蓮に対し、昌浩は凄まじい息切れだった。
ぜぇぜぇと息を切らす昌浩に、紅蓮がため息をついて、笑いながら軽口にいう。
「おいおい。しっかりしてくれよ晴明の孫」
「孫言うな!」
ぐわっと怒鳴り返す昌浩に、紅蓮は笑みを深くした。
それを見た昌浩も笑顔を見せた。
月が、中天に差し掛かる。
泉に映る月が真ん丸になったとき、昌浩は印を切りだした。
同時に呼吸を整えて詠唱を開始した。
「《その光りは我が逆面を写し 我が身を写す一欠けらの鏡なり!》」
最後の印を切ると、ざわりと水が動き、泉の水の一部がまるで鏡のようになる。
「なっ・・・?」
紅蓮が唖然として声を漏らした。
鏡に映っていたのは、一人の女。
『あら?遅かったじゃない』
「わるかったですねぇ・・・こっちもイロイロあったんだよ」
ムスッとした昌浩に女・・・次元の魔女こと壱原侑子はニンマリと笑った。
『えぇそうみたいねぇ。そこにいる赤い式神とのこと〜?』
「っう゛!」
言葉に詰まった昌浩をケラケラと笑ってみた後に、侑子は紅蓮に向かって声を発した。
『初めまして。私が“次元の魔女”とも呼ばれている壱原侑子よ』
「あ・・・あぁ、ハジメマシテ。昌浩がお世話になってます?」
「紅蓮、それなんか違う」
突然挨拶された紅蓮は、なにやら的外れな事を口にしていた。
それがツボにハマったのか、侑子がケラケラ再び笑う。
『うふふっ・・・だめぇおかしぃ〜。と、えーと名前は?』
「十二神将が一人、騰蛇」
『そう、騰蛇・・ね』
にっこりと笑う侑子に、紅蓮は少し警戒を緩める。
「で、侑子さん。何の用事ですか?」
『うふふ。良くぞ聞いてくれました!』
『『良くぞ聞いてくれましたー!』』
手を振り上げた侑子のマネをして、背後にいるマルとモロが同じ動作をした。
『今日は“真白”に臨時ボーナスをあげようと思ったのよ』
「「ぼーなす?」」
『っち、言葉の壁は厚いわね。ご褒美の事よ』
思わず舌打ちをしてしまった侑子を二人は軽くスルーした。
『マル、モロ〜。持ってきて頂戴』
『『はぁ〜いv』』
背後を振り返る侑子に、紅蓮は思い出したかのように話し出した。
「次元の魔女よ。昌浩を救ってくれたことに感謝する」
「えっ!?」
その言葉に驚いた昌浩は思わず声を上げ、侑子はゆっくりと紅蓮を見た。
そして笑う。
『別にお礼を言われることでもないわ。私は“願いを叶えただけ”』
「それでも、な」
苦笑を浮かべる紅蓮の瞳に、一時悲しみの色を帯びるがすぐに霧散した。
それを侑子はあえて知らぬふりをし、マルとモロが笑いながら持ってきたものを二人に見せた。
『ジャーン!お酒よ。それも上等な・・・ね。お神酒にもできるわよ?』
「え!・・・あ、ありがとう侑子さん」
高淤の神の元に行こうかなぁとか考えていた時だっただけに、昌浩は瞳を煌かせて礼を言った。
侑子が鏡の方から、その酒瓶を投げ込むようにすると同時に、水の鏡からズルリと酒瓶が出てきた。
全部で三本。
それを受け取り、昌浩は紅蓮に持ってもらうために手渡した。
紅蓮は文句も言わずに受け取る。
その一連の動きに“絆”を感じて、侑子は笑った。
『さて、ではまったね〜ん。昌浩に騰蛇』
「あ、はい」
「・・・あぁ」
それを最後に、鏡は形を失ってずるりと泉の水に戻っていった。
静けさを取り戻した泉を見ていた昌浩は、酒瓶を三本か変える紅蓮に向かって笑った。
「侑子さん。面白い人だと思わない」
「・・・少し、な」
「それでね、実は侑子さんの名前は偽名なんだって」
「偽名!?」
流石に偽名を使っているとは思っても見なかった紅蓮は、驚愕の顔をして言葉を発した。
新たに硬く絆を結びなおした二人を照らすかのように、中天にある月が光で世界を照らしていた。
※
「えぇぇい!あの蝶が邪魔じゃ!」
「・・・晴明、お前も、案外諦めが悪いんだな・・・」
またもや式(8匹目)を昌浩の式に破壊された晴明が忌々しげに舌打ちをし、黒い煙をより一層発生させる様子を見て、思わずしみじみと白虎は声に出してしまった。
そんな様子を見ていた六合は、無言で肯定していた。
どうやら今回の勝負は、昌浩が一歩リードしていたらしい。
※ ※ ※
後日、どれだけ晴明が詰め寄ろうとも(脅したとも言う)、紅蓮はその日の出来事を晴明にも言わなかったそうだ。