ふわり、と大地に人影が降り立った。
白の狩衣に身を包み、さらに白の長布で身体全体を覆い、顔を隠している。
彼の者は静かに京に降り立つ。
「さてと、侑子さんの言っていた妖は・・・」
《この辺りにはいない》
頭に響く声に頷き、視線で辺りを見る。
昌浩は離魂の術を使っていた(微妙にオリジナルをいれているが)
生身で出て行けば、確実に晴明たちにバレるからだ。
白い狩衣に白い長布。
全身を白に染めた昌浩・・・否、“真白”はため息をついた。
「いないなぁ・・・」
頭に被っている長布を被りなおし、気配を探る。
《標的の妖はもう少し先のようだ》
「そうみたいだねぇ・・・って!何で“表”に出てるの!?」
己の左側に、薄っすらと、幽霊のように浮き出た姿を見て、鋭く突っ込む。
長い白銀の髪に、黒に近い濁った金色の瞳を持った美青年、“魂の欠片”が模った人型。
昌浩に潜む神龍が、表に出現していた。
迅雷は昌浩の言葉に、ひょいっと肩をあげた。
《表のほうがわしにとっていいと思ってみたのでな。なぁに、こんなところでは追いかけんから安心しろ》
「こんなところで修行させられたら俺死ぬから!」
何処でもマイペースな迅雷である。
迅雷の言葉にがっくりと肩を落として、昌浩は(微妙に)打ちひしがれていた。
だが、それも長くは続かない。
ごぽり、と背後で変な音がした。
気のせいかと思い、昌浩が首を捻って後ろを振り向いた瞬間に、“それ”は起き上がった。
一言で言えば、なんか変なものだった。
地面が盛り上がり、ごぽり、と・・・そう、ゼラチンのような素材のぬるぬるして目玉が一つギョロリとついた“変なもの”。
ちなみに何故か異臭がする。
ジリジリと、昌浩は知らずに後退していた。
背中にはびっしりと冷や汗をかき、生理的嫌悪感がぞわぞわと生まれてくる。
知らずに、ごくり、と唾液を飲みこんだ。
「ね、ねぇ迅雷・・・“あれ”、なぁに?」
《妖だろう》
さらり、と一言で済ませる迅雷を知らずに睨みつけ、半場悲鳴のような声で昌浩は言った。
「俺はあんなの見た事ないぞ!?」
《そうだろうな。“あれ”はおそらく次元の魔女の世界の妖と、こちらの世界の妖の雑種だ》
「・・・・・つまりぃ?」
ひくりと頬を引きつらせ、昌浩は言葉の続きを促した。
顔にははっきりと「嫌だ」と書いてあるが、迅雷はそれさえもサクサクと無視してサラリと言った。
《アレが標的だ。まぁがんばるがいい》
無責任に、そして無駄にさわやかに笑って手を振り、さっさと姿を消した迅雷に、昌浩は叫んでみた。
「この裏切り者ぉぉぉおおおおおおお!!!」
最後の方は微妙に泣き声。
そしてその言葉を境に、変なものは昌浩に攻撃を始めた。
一方、そのころ・・・・・。
※
安部の邸。
晴明は占い道具を前に、扇をパンッと手に打ちつけて、難しい顔をしていた。
少し前に紅蓮を呼んだので、もうすぐこちらに来るだろう。
「これは・・・どういうことなのだ?」
晴明はひたすら唸っていた。
占いで出た事が、あまりにも不可思議だったからだ。
『遥か彼方と近くを結ぶ二つの絆 小さな光りは大きな光となりて近くに潜む』
「どういうことだ・・・?」
前文は解らずとも、最後の一文の意味は解った。
『小さな光りは大きな光りとなりて近くに潜む』
“小さな光り”とは・・・昌浩の事だ。
それが“大きな光り”となっているということは・・・昌浩の力が巨大になっていることを指しているのだろう。
そして、“近くに潜む”。
つまり、《この安部晴明の近くに、“昌浩”という強大な光りが潜んでいる》と言うことだ。
「ふぅむ。何故だ?」
・・・・・何故、昌浩は潜まねばならんのだ?
晴明には、そこが引っ掛かっている。
昌浩が強くなった事は嬉しいが、その力をどうして昌浩が隠さなければならないのかが、晴明には理解できない。
そして前文の文字。
『遥か彼方と近くを結ぶ二つの絆』
まず、“遥か彼方”がわからない。
西とも北とも南とも、ましてや東とも書いておらず、方向の文字など欠片もない。
そして“近く”という、これまたアバウトな表記だ。
ふと、部屋の前に気配が生まれた。
「晴明?用事とは・・・?」
部屋に入ってきたのは、物の怪転じている紅蓮だ。
「あぁ、良く来てくれたな。紅蓮」
思考の海から浮上し、晴明はにっこりと笑って物の怪を迎え入れる。
すこしでも、違和感の正体を知るために。
※
昌浩は走っていた。全力で。
そして変なものは嬉しそうに目をギョロギョロ動かし、触手を伸ばして追う。
「うわぁぁあああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
何故か誤りながら、そして泣き声で走る昌浩に、呆れたような声を脳裏に聞えた。
《昌浩・・・そんなに触りたくないのであれば、式を使えばよかろう?》
「あ」
迅雷の言葉に、ポンッと手を叩いて昌浩は納得した。
だが、ふと昌浩はふと思い出した。
「俺の式って・・・まだ開発途中なんだけど!?」
《それで十分だろう?やってしまうがいい》
「それもそうかなぁ」
僅か10秒のやり取りで全てが決定した。
昌浩は札を取り出し、神経を集中させる。
霊力と通力が身体から迸り、天へと登って昌浩の頭上で集まると、魔法陣となった。
それは一般的には例を見ない変わった魔法陣だった。
一見すると花弁が十二枚ついた花のような陣で、『騰・勾・龍・六・陰・武・空・裳・后・虎・一・朱』と十二神将を表す文字が一周するように書かれている。
さらに『子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥』と、十二支を表す文字がその内側を一周している。
基盤となる中心には五芒星。
この魔法陣は、昌浩が組み立てて創った己“専用”の魔法陣だ。
構造も迅雷と共同して作ったため複雑難解で、たとえ晴明が見よう見真似で創ったとしても根本を理解していない以上、発動できない。
魔法陣は、昌浩が“晴明に教わっていない術”を扱う時に基礎とする物だったが、最近では(自分にとっては)扱いやすい陣などで、術使用時などに頻繁に使用する。
それゆえに、この陣を扱うのは現状では主に“真白”の時だけである。
魔法陣が完全に出現すると、昌浩は札を放つ。
“それ”は魔法陣を展開して、札自体を媒介にして出現した。
「巳轟(ミゴウ)!敵を迎撃しろ!!」
昌浩の言霊によって具現化したのは、半透明に光り輝く“蛇”。
《ふむ、中々の出来ではないか》
「でも一体しかまだ出来てないよ・・・」
かつて迅雷はこういったのだ。「自分の式を作ってみろ」と(ちなみに当時、昌浩9歳)
やっと完成形態一歩手前のが一体出来て、それが巳轟だ。
蛇の式たる“巳轟”は昌浩に身体に巻きつき、走る昌浩の背中方向に顔を向け、追ってくる変なものを睨む。
だが、変なものはさらに速度を上げてきた。
瞳を苛烈に煌かせ、巳轟が威嚇の声を上げる。
それを合図に、雷が宙を走って五芒星を描き、それを中心に結界の壁“雷壁”が出現した。
結界の精製される音が耳に届き、昌浩は身体を180度回転させて前を向く。
“変なもの”は、突如出現した結界を回避しようとしたが、先ほど速度を上げていたために止まれない。
激突。
雷により作られた結界に、どろりとした粘着質の身体が阻まれ、じゅぅじゅぅと気味悪い音と煙が立ち上る。
うぐ、と唸ると、昌浩は一歩背後に足を引いた。
倒せたはいいが、精神的ダメージを与える光景だった。
変なものの中から、コロリ、と玉が転がってきた。
それはキラキラと光る青い玉だ。
結界をすり抜けて転がってきた玉を、昌浩はヒョイッと持つが・・・・・一拍後に袖などで拭きまくる。
良く考えたら“あの”どろどろの変なものの中から出てきた玉だ。精神的にも綺麗にしなければ手に持てない。
《目的達成か?》
「うん。一応、ね」
はぁ、とつかれきったため息を吐き出して、昌浩は手の中の玉を見た。
玉を眺めているうちに、巳轟がスルスルと昌浩の肩から降りて、今度は玉を持つ左腕に来る。
それを眺めていた昌浩だったが、ふと、己に語りかけるように言った。
「いつか・・・」
《?》
「いつか、迅雷と“昌”にも、式の身体しか無理だけど、身体を作るから・・・だから、待っててくれるか?」
その言葉に、迅雷は一瞬呆気に取られた。
だが、不意に笑みがこみ上げてきた。
本来、迅雷は退屈になった“生”が嫌で嫌で・・・消えたくて、昌浩と同化したのだ。
だがそれを侑子が許さなかった。これが対価だと。
いつか迅雷は消えるつもりだったが、少々気が変わりそうだ。
《まぁ、期待をせずに待っていてやろう》
『“しょう”は、いらないよ。だって、“しょう”は“まさひろ”だもん。いつか、いっしょになるもん』
迅雷の声と被るように、幼い子供の声が木霊した。
それに驚くことなく、昌浩は言葉を続ける。
「でも、欲しくないか?身体・・・」
『いらな〜い。それよりも、はやくかえってきてよ。ねてるだけはあきたもん』
幼子の声は、空間を越えて昌浩たちの耳に届く。
なぜなら、“昌”のいる場所は“安部邸”。そこから声を届けているのだ。
「よし、それじゃ迅雷の身体を少しは気合を入れて作ろう」
《少しときたか・・・》
玉をグッと握り締め、迅雷の突っ込みのような言葉さえも無視して、昌浩は頷く。
そして腕に巻きついている巳轟の頭を撫でて、笑った。
「もうすぐ、巳轟にも“心”をあげるから」
スッと印をつくり、巳轟に触れると、巳轟の姿が一瞬で消えて“札”が残る。
元に戻した式を懐に入れて、昌浩は・・・・否、“真白”は夜の町に消えた。
闇のさらに闇で活動する“真白”。
“真白”の存在に気付かずとも、後継の“偽り”に気付いた大陰陽師。
その光景を見守る魔女。
さて、これからどうなるでしょう?
あとがき
とりあえず昌浩の能力説明編です。