龍と魔女と陰陽師 ⇒ クロスワールド


願いを叶えましょう
彼女は笑ってそう言うのだ



それは過去の事。
時空を旅する事を彼らの一族は“時渡り”と呼んだ。
そして、この世界に一匹の“時渡り”の龍が訪れた。
《お・・・?》
彼は目の前の光景に目を丸くした。
己の下に血塗れの子供、周りを漂う無数の妖。
とりあえず、妖を蹴散らし、そっと子供を覗き込む。
凄まじい力を宿す子供。
だが、その魂は無垢で穢れない魂だ。
彼は思案し、決断した。
丁度、生きる事に飽き飽きしていたところだ。
《・・・魔女よ》
「あら、お久しぶりね?」
宙に浮かぶ鏡に映った次元の魔女に、彼は願った。
《わしはこれを助けたいと思っておるが、いかがか?》
「あっら〜?天変地異の前触れかしらねぇ。あなたがそんな事を言うなんて」
くすっと笑った魔女に、彼はスッと視線を逸らした。
飽きた、ということを良くいう己の事を理解し、魔女の言っている事も理解しているからだ。
「ま、いいわ。・・・あなたがその子を助けたいと思った事の意味、いずれわかるでしょう」
《?・・・どういう意でいっておるのだ?》
「いつも私は言ってるでしょう?そして、知識豊富な貴方なら、わかるはず」
ニッコリ、と魔女は笑っていった。

「“この世に偶然は無い。あるのは必然だけ”」

彼はそれを知っているはずだと、魔女は断言した。
「感じているはずよ。その子の“魂”を」
・・・・・だって、貴方は知っているのだから。
魔女は内心でそう思い、沈黙した彼を見た。
彼は瞳を伏せている。
《そうであろうな。おそらく答えはわしの中にある。それをわしが解ろうとしないだけで・・・》
「そうそう」
にーっこりと笑った魔女に、彼は苦笑した。
《それはそうと、助けてくれぬか?》
「いいわ。でも、対価はそうとう・・・」
《助ける方法はわしが提案する。汝はそれを実行する。それで対価は半減するだろう?》
愉快げな声でいう彼に、魔女は盛大に笑う。
「いいわ。方法は・・・?」
《我が魂をこの子供へ》
迷いの無い声。
「いいでしょう。でも、魂の欠片は残すわよ?“あなた”は決して消えない。この子の魂は人ではなく、“半龍”となるでしょうね・・・いえ、ならないわね」
魔女は笑った。
「この子は既に純粋な人ではない。楽しみね〜。この子はどちらを選ぶのか」
《・・・そうだな。わしは退屈しないだろうな。そして・・――――飽きる事も、》
幾分か嬉しそうな彼も、子供を見て笑った。
魔女が呪文を唱える。
彼の形を崩れてゆき、子供と同化していく。
くすりと魔女は笑って、鏡は空間に解けて消えた。
「――――良い夢を」
意味深げな声だけが、世界に響く。

そして、

主人公の知らないところで、物事は進んでしまった。





時は経ち。
現は平安の世。
安部の邸。
昌浩の朝は、まず“戦い”だ。
飛来してくる攻撃を、紙一重で避ける、避ける、避ける。
「うわぁ!?」
突如地面に出現した紐に足を取られ、スッ転んだところに、火の玉が飛来する。
「ちょ、ちょっと待っ!!」
ゴロゴロと咄嗟に転がり、それを回避して必死に立つ。
気迫の真言を唱えて、霊力の刃をぶっ飛ばしながら、昌浩はぜーはーと肩で息をする。
「死ぬって!」
《大丈夫であろう。なんせ御主の大本は別にあるし》
暗闇から声が響いてきた。
闇から現れたのは一体の龍。
出現したと同時に、人型に転換する。
宙に白銀の長髪が舞い、黒金色の瞳が煌く。彼の者の名は“迅雷”。
数多の時空を旅する“時渡り”の龍だったが、ひょんなことから昌浩の魂と結合し、現在残っているのは魂の一部。
つまり、昌浩は純粋な人ではなく、“魂は半龍で身体は人間だけど、ちょっと天狐も入っている変な奴”という感じである。
つまり、ゴチャゴチャしすぎて分類不可能。
《まぁ、“それ”が死んでもまた創るから心配は要らぬ》
現在の昌浩の身体は、精神世界(夢)で迅雷が創った仮初めの身体。
でも、痛覚はあるために昌浩は涙目だ。
「問題が違う!っちっくしょぉぉぉおお!!もうすぐ俺、出仕なのにぃ!!」
《平気なはずだ。身体に害はない》
「精神には害ありだよ!!」
反射的に怒鳴り返した昌浩に、迅雷はとても面白そうに笑った。
《まだまだだな。それはそうと“真白”の用事が出来たぞ》
「ん」
真白、といった瞬間にキリリとした顔になり、背筋を伸ばした昌浩に、迅雷は笑みをかみ殺す。
《少々手ごわい妖が来るらしい。そして、その妖の有する“玉”を取ってくるよう、魔女に頼まれてな》
「侑子さんからか。断れないし・・・ま、頑張るよ」
にっこりと笑った昌浩に、迅雷は笑みを浮かべた。
“真白”は晴明にさえ気づかれてはいけない(と昌浩は思っている)
出来れば一生隠し通したいが、それは無理だと思っているが、何処までいけるか頑張って隠してみているのだ。
《まぁ、そう言うわけで、わしは寝る。お休み昌浩。そしておはよう昌浩》
矛盾した迅雷の言葉が響いた瞬間、世界が逆転した。
昌浩は、それまで強固な床だった場所が反転し、己が落ちていくのを感じた。
しかもいきなり、何の前触れも無く。
「起こすなら起こすって言ってよ!!」
《では、起こすぞ》
「言うの遅っ!」
昌浩の文句が精神世界に響き、そして消えた。




「お〜い、孫ぉ。晴明の孫や〜い」
ひょうひょうと声をかけてくる白い物体の尻尾を、寝ていた昌浩はムンギュ、と凄まじい力で掴んだ。
そして床に引きずる。
ズルズルと引きずられ、昌浩の眠っている大袿のところに引きずり込まれそうになり、物の怪は慌ててジタバタし始めた。
「うっわ!引っ張るな!起きろ孫!!」
「孫、言うな・・・」
禍々しい(失礼)ような声を、何処から出すのかと言うぐらいの声を出して、昌浩はのっそりと起き上がった。
清々しい朝だ。昌浩にとっては憎ったらしいほどに。
精神状態最悪の昌浩は、物の怪をにらみつけたかと思ったらニッコリと笑った。
「おはよう。物の怪のもっくん」
「もっくん言うな!」
ガォ、と吠える物の怪を無視して、昌浩は出仕の用意を始めた。


今日も今日とて、昌浩の受難は続いていくのだ。

あとがき

このシリーズの序章です。