恋愛進化論

6年生×文次郎
文庫・P56・500円R18


あらすじ

あらすじ、というかコンセプトが日替わり恋人。小悪魔文次郎だったりします。


本文サンプル


最初は小平太だった。
出会った時から誰にでも体当たりして抱きついたりしていたから、それに関して何も思っていなかったのが正直なところだ。その小平太が自分にばかりくっついているな、と気付いたのは四年も残りわずかとなった雪の降る日だった。
「文次郎、もんじろう」
甘えるように擦り寄ってくる小平太に帳簿を計算していた文次郎は、いらいらと募る苛立ちを抑え込んでいた。さっきから離れるように言っているのだが、聞いた様子がないのは聞く気がないからだろう。
折しも今日は文次郎の同室者も小平太の同室者も忍務に出ていて、お互い一人だ。いつもなら一人だろうが一人でなかろうが鍛錬に出かけるのが常なので気にしないのだが、今夜は雪が降っていてそれも難しい。どうせ眠るなら一人で眠りたい、と思うのは仕方がないだろう。先輩方は同輩であれば寝る時の気配は気にならないらしいが、気配を探る授業で敏感になった神経は、同室者であっても気になるものは気になってしまう。
仲良くなった時から、互いの部屋を行き来するのは当たり前になったし、時には共に眠ることがあった相手だが、今の文次郎にとって落ち着かない気配の小平太といるのは苦痛でしたかなった。
「小平太、いい加減にしてくれ」
しまいには懇願するように小平太に告げると、小平太はぴたりと動きを止めてしまった。背中に張り付くように文次郎に擦り寄っていた小平太が、動きを止めるということは文次郎の背中に縋ったまま、ということで。
痺れを切らした文次郎は筆を置くと小平太の腕を掴んで身体を小平太に向けた。
「……お前なぁ」
ため息とともに呆れたような言葉が零れ落ちる。小平太を動物に例えるなら犬だと誰かが言っていたが、その通りだと文次郎は思った。しゅん、と耳を伏せ不貞腐れたような小平太を見て、文次郎はなんだか自分が間違ったことをした衝動に駆られる。
文次郎は自分の勉強時間と睡眠時間が小平太によって削られるのを嫌がっただけなのだが。
「そんな顔するんじゃねぇよ」
わしゃわしゃと小平太の頭を撫で繰り回してやると、小平太の目が少しだけ和んだ。不貞腐れているのに、こうして撫でまわされているのが嬉しいらしい。しばらくしていると、小平太の表情が緩やかになった。犬が尻尾を全開で振っている姿が見える。
「文次郎くすぐったい。でもやめちゃだめー」
わしわしと犬のように首筋辺りまで触れてやると、小平太は擽ったそうに身を捩る。
「お前本当に犬じゃねーか」
「文次郎に飼われるなら犬でもいいよ。わん」
「うわっ!」
からかいながら文次郎が小平太を撫でていると、小平太が飛びついてきた。後ろは机で、墨の入った硯が置いてある。まずい、と思ったが小平太は心得ているように文次郎を後ろではなく横に押し倒す。
「わんわん」
文次郎の腰に跨った小平太は、そのまま文次郎の頬をぺろりと舐めた。
「小平太、お前……」
先ほどの笑みとは違う種類の小平太の笑みに、文次郎は一瞬だけ眉を寄せる。何かを言おうとして、けれど文次郎はその言葉を飲み込んで、違う言葉を吐き出した。
「ご主人様に歯向かうんじゃねーよ」
全体重を乗せていなかったため、文次郎は身体を捻って器用に小平太の身体を引き倒す。代わりに馬乗りになって、わきわきと両手を蠢かした。
「わっ、ちょっと文次郎擽ったいって!」
そのまま小平太の弱い脇腹を擽れば、小平太は逃げ出そうと身を捩った。けれど文次郎は許すまじ、と小平太を抑えにかかる。ぎゃはははは、と小平太の笑いが部屋に響き、隣室からうるさいと苦情が出るまで、文次郎は小平太を擽り続けた。





小平太が種類の違う笑みを自分に向けてきていると気付いてから早数か月。学年が上がり、自分が学園を守るのだ、という気持ちにかられ、以前以上に鍛錬を増やすようになった。時には長次と共に、時には小平太と共に、時には先輩と共に山を駆け回っては鍛錬を重ねていく。
「文次郎、喉乾いた」
今日は小平太と鍛錬に繰り出していた文次郎は小平太の言葉に頷き川へと降りる道筋をたどる。滝の傍に降りて手で水を救った。滝の傍はいくら暴れても音が響かず、矢羽の練習にもなるこの場所は鍛錬にもってこいの場所で、文次郎が気に入っている場所でもあった。
「ちっ」
「文次郎どうした?」
舌打ちをした文次郎は自身の紫の頭巾を外す。小平太は文次郎の舌打ちの理由が分からず首を傾げる。
「手拭い忘れた」
そう告げて、文次郎は頭巾を見ずに浸し、固く絞る。滴り落ちる汗を拭うために、忍服の襟元を緩めた。
「文次郎」
「んー、なんだ?」
頭巾で身体の汗をぬぐっていく。その文次郎の姿を小平太の視線が追った。ねっとりと舐めるような視線が文次郎に絡みつく。文次郎はその視線にすぐに気付いたが、気にすることなく汗を拭っていった。