想いの延長

与四郎×文次郎♀、留三郎×文次郎♀
文庫・P112・600円・R18・文次郎女体化


あらすじ

記憶持越し転生パラレル。過去の傷が癒えないまま転生した文次郎。それを支えていた与四郎。けれど文次郎の転校で事態は変わってしまう。

人が死ぬシーン等が出てきます、お気を付けください


本文サンプル



繰り返し夢を見る。
真っ暗な闇をひたすらに駈けていく夢だ。まるで、何かから逃げるように必死に走る。
走って走って、そうして全身が疲れて立ち止まった時、びちゃりと温かい液体が背中に降り注いだ。がたがたと身体が震える。見るな、と精神が叫んでいるにもかかわらず、身体はゆっくりと背後を振り返った。
そこにいたのは幼い子ども。手をこちらに伸ばして一歩近寄った。子どもの手は真っ赤に染まっている。一歩近づくたびに、真っ赤な首から血が滴り落ちる。
子どもは首がなかった。
子どもに耐え切れず、また走り出した。いつの間にか地面がぬかるんで、にちゃりと粘着質の音を立てた。素足に生暖かいものが絡みつく。血臭に思わず眉を潜めれば、くんっ、と誰かに足を掴まれた。
とっさに振り払おうと振り返れば、幼子が一人、真っ赤な手で足を掴んでいて離さない。
全身ががくがくと震えたけれど、逃げることもできず、ただ幼子が縋るように手を伸ばしてきたのを見ていた。
「い」
幼子が口を開いた。
その口から放たれたのは、成人男性の声。
「ない」
幼子の顔がだんだんと変わっていく。
「さない」
幼い顔から、男の顔へ。
「るさない」
そして気が付いた。
「許さない」
自分はこの男から逃げていたのだと。
「お前を決して許さない!」
真っ赤な闇の中、その声だけがこだました。?





はっ、と目が覚めた。
定まらぬ視界の中、すぐさま眠ってしまった前のことを思い出す。見覚えのある天井と、傍の気配。それを確認して文次郎はほっと息を吐いた。場所と記憶を思い出すのは、昔の癖だ。
それも今世で生まれてからの癖ではない。文次郎には生まれる前の記憶がある。戦ばかりの時代で、忍として生きていた記憶だ。その時から、眠りは浅く、たまの深い眠りも小さな音ですぐに目覚める。そして今と眠る前の状況を把握する。
忍として生きていた時間はそれこそ人生の半分ほどだったけれど、生まれ変わった今でもけして抜けることのない癖になっていた。
「大丈夫か?」
ゆっくりと起き上れば、後ろから声がかかった。隣で眠っていた男が声をかけたのだ。
「大丈夫だ、与四郎」
与四郎に顔を見せて少し笑えば、そうかと与四郎は頷いて目をこすった。
「よっ」
勢いよく声をかけて飛び起きた与四郎は、文次郎の額に口づけを落とす。ぎゅっと抱きしめてくるから、その肩口に顔を埋める。時たま飛び起きる文次郎を与四郎はこうして気遣う。
与四郎も、文次郎と同じ生まれる前の記憶を持っている。文次郎との交流はあったが、人生の中でほんのひと時だ。
しかし、それが今の文次郎にとってはありがたかった。
文次郎を知っているけれど、知らない。
その曖昧な距離感に救われる。与四郎が付き合おうと言ってくれてから一年ほどたったが、甘えていることを自覚した。素肌が触れる。その温かさにほっとする。
そうして、忘れてはならないのだと夢を心の奥底にしまった。