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ないものねだり





「朱雀!!」

美しい声が悲鳴を上げる

「来るな!!」

駆けつけようとしたら彼の武器とめったに本気で出されない神気で制される。

腕からは血が流れ大剣が紅く染まっていく。

それでも敵は待ってはくれない。

今が好機と一斉に襲い掛かってきた。

結界を張ろうにも距離が離れすぎている。

否、自分が冷静でないから結界がきちんと作用されない。

傷つく彼を見たくなくて、けれども目を離せずに彼女はただ目を見開くしか出来なかった。

――刹那

自分より、彼より苛烈な神気があたりを覆い、それとともに妖が消えていく。

「勾陣……」

「大丈夫か?」

落ち着いた声を聞いて彼女はほっとする。

それと同時に心の中で何かが降り積もった。





「どうしたんだ?」

勾陣は屋敷の庭に一人佇む天一を見つけ、声をかけた。

雰囲気は誰も話しかけるな、というものだったが、気にしない。

彼女は心は強いが、自分に溜める傾向がある。

「勾陣」

呼びかけに振り返った天一は美しい顔を悲しげに伏せていた。

「朱雀のもとにいなくていいのか?」

「私に、出来ることは……ありません……から」

その問いかけに彼女はさらに顔を伏せる。

朱雀の傷は深くはなかったが、浅くもなかった。

誰かが治せるものでもないので、一番手っ取り早い『眠り』で体を休めている。

確かに天一に出来ることは何もなかった。

ふう、と勾陣は息をつく。

何を考えていたのかが何とはなしに分かったからだ。

「天一」

と勾陣は彼女の名前を呼ぶ。

歩み寄って、伏せた顔を手で上げさせる。

漆黒よりもなお黒い瞳が、淡い水色の瞳を覗き込む。

「何を考えている?」

何を考えているかはわかる。

けれどそれは所詮憶測でしかなく、彼女の口から直接聞かなければ本物にはなりえない。

目をそらすことも出来ず、ただじっと視線を交わす。

と、水色の瞳から一筋涙がこぼれた。

「何も出来ない……のが、つらいのです」

「天一」

「守られているだけは嫌なのに、守られる事しか出来ない。彼が、皆が傷ついているのに見ているしか出来ない」

天一の両頬に固定していた勾陣の手にしずくがはらはらと落ちていく。

「どうして戦うことが出来ないの、どうして強固な結界を張ることさえできないの、どうして……」

溜め込んだ想いは堰が壊れて、後から後からわいてくる。

そのまま天一は勾陣にすがりつくようにして泣いた。

しばらく彼女の嗚咽があたりに響き渡る。

何度か神気がこちらを伺うように流れたが、誰も干渉しては来ない。

否、干渉できる空気ではなかった。

「すみません」

ようやく落ち着いたのか、天一が呟くように謝った。

「謝る必要なんてないさ」

「でも……」

勾陣の瞳は揺らぐことなく天一を見据えている。

「何もできないわけじゃない。私はお前がうらやましい」

静かに紡がれたその台詞に天一は目をしばたたかせた。

「守られることが、ですが?」

「……」

その的外れな回答に、勾陣は思わずくくく、と笑ってしまう。

笑ってしまうではない、壷に入ったかのように、しばらく肩を震わせ笑いの波を抑えている。

「……すまない。それにしても」

目を瞬かせている天一に勾陣はあやまる。

「私が守られたい? 誰に? どうして?」

この会話の相手が騰蛇や青龍など男たちならば、背筋が凍るくらいの冷笑だっただろうが、生憎相手にしているのは天一で、そんな顔はもちろんしない。

「では、どこがうらやましいのですか?」

「天一」

柔らかな笑みでこどもに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「守るための結界も、癒すための力も私は持ってはいない。それはお前だけの力だ。代わりなんていない」

それに、と彼女はつづける。

「戦う力を持っていたって、全てがうまくいくわけじゃない。戦うことは傷つけるということを忘れてはいけない」

はっ、としたように天一は勾陣を見つめる。

心優しい少年が誓った、願った力『誰も犠牲にしない』力。仲間も敵も傷つけたくないのだと、彼はその力を欲した。

戦って守ることは確かに出来る。けれど、それは本当に守ったといえるのだろうか?

「ごめんなさい」

天一は勾陣の瞳を見つめる。淡く微笑んで。

自分のしたことが今更ながら恥ずかしくて、それを思い出させてくれた彼女に感謝を込めて。

「言っただろう。謝ることではないと。さて、お前にしか出来ないことを一つ」

勾陣はからりと笑うと、天一に耳打ちをした。

「本当!?」

頷く勾陣をみて天一は花が咲くように微笑む。

「だから行っておいで」

「ええ、ありがとう。勾陣」

そのまま天一は身を翻し、異界へと姿を消した。





やれやれと勾陣は肩の力を抜く。

彼女は何も考えずに想いだけで動く。それは冷静であろうとする自分とは対極のもの。

だからうらやましい。守るための結界も、癒すための力も、何よりもそれを行使できる心の強さも自分が持っていないから。



――――――
思ったより動いてくれた二人。
っていうか、勾陣が天一を口説いているみたいですごかった。
女子高だったら、親衛隊とかいそう。
あーパラレルやりたくなった。






h20/8/11

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