back
この世に生まれて幾世霜、あれより怖いものなんて何もなかった。

おさないこころ





太陰と天后、そして騰蛇が異界から助け出されて早二日、屋敷は平穏に包まれていた。

しかし、異界では天后も騰蛇も意識が戻らず、緊迫しているのを知っている。

人界にいる太陰のまわりには誰かが必ずいた。

玄武をはじめ皆が心配してくれる。

それでも太陰は沈んだままだった。

助け出された二人をみたとき、自分がどれほど二人に負担をかけていたのかを知った。

普段ならあれくらいなんともないはずの騰蛇が意識を失っていたのだ。

気を使っていてくれていたのを知っていた。なるべく近づかないように、視界に入らないように、おびえさせないようにしていたのを知っていた。

それに甘えて、天后にも無茶をさせた。

あまり責めるな、と誰かが言っていたけれど、誰だかも思い出せない。

次の日、天后が目を覚ましたと聞いた。

すぐに会いに行きたかったけど、恐くて会いにいけなかった。

でも、騰蛇は目を覚ますことはなくて、天后も心配していたらしい。

数日後、騰蛇が目を覚ましたと聞いた。

謝らなきゃ、と思ったけど会うのが恐かった。

天后のときと同じ、恐怖で恐かったんじゃない、会って自分がやったことを認識するのが恐かった。

でも、それじゃいけないって分かってる。

謝らなきゃ、だって天后も騰蛇に謝ったんだもの。

謝らなきゃ。



「太陰の元気がないんだそうだ」

「それを心配している玄武も……」

そう言ったのは朱雀と天一で、言われた物の怪は眉をひそめる。

「それをなんで俺に言うんだ?」

もっともなことを返すが、天一は困ったように、朱雀はさも当然のように目を見合わせた。

「今回のことで落ち込んでいるんです。それもその…」

「お前や天后に負担をかけたって、それで落ち込んでいる太陰をみて、天貴の元気もない。というわけで、騰蛇、お前なんとかしてこい」

相変わらずな朱雀に物の怪はあいた口が塞がらない。

「お前なぁ、いや、いい。お前の天一に対する気持ちは良く分かった。で、太陰だが、俺が行ったら逆効果じゃないのか?」

「けど、気持ちを吹っ切らなきゃいけないわけだから、当事者であるお前が行くべきだろう。大丈夫だ、意外な方向へいくかもしれないぞ」

にや、と笑った朱雀に物の怪は肩を落とした。



「と、騰蛇」

どうするべきか、と考えていた物の怪は聞こえた声に足を止めた。

目の前には先ほどまで会話の中心だった太陰。

「あの、あの」

口を開閉させて何かを言おうとしている太陰。

しばらくたっても先に進まない台詞に、物の怪はわからないくらいに嘆息する。

そして太陰よりも先に言葉を発した。

「太陰」

呼ばれた彼女は怯えたように、返事をして、続けられた言葉に目を丸くした。



『太陰』

そう呼ばれて、反射で体がすくんだ。それではいけないといいきかせ、なに、と返事をする。

告げられた言葉は予想外のもので太陰は目を丸くした。

『天一も玄武も『元気がないな』と心配していたぞ。『いつもうるさいお前が静かだと調子が狂う』と言ったのは朱雀だったか』

『へっ?』

違う言葉が来ると予想していたのに。関係ない、とか言われると思ったのに。

これは心配されているのだろうか。 彼と同じように。

同じ?

なぜか心に引っかかり、太陰は頭を抱えた。

あのときのことが再び頭を掠める。

本当に恐かった。天后が気を失っていたとき、一人だったら……とそう思うと体中が震える。

騰蛇がいたから、たとえそれが、自分が一番恐れていた同胞だとしても。

自分が恐れていても、彼の態度は変わらない。

昔と同じように、接してくれる。

それは関わらないということであらわされているが、それが彼なりの精一杯の接し方だと昌浩といるようになってから知って。

だから、なんとなく嬉しかった。

それから、これでは駄目だと思った。

それからずっと彼が気になっている。

物の怪姿なら姿を見ても逃げ出さなくなった。

いつからか、本性の姿を思い浮かべるようになった。

「お帰りなさい、昌浩」

「ただいま彰子」

向こうから嬉しそうな二人の声が聞こえてきた。

その時、太陰ははっとする。

まさか……

でも、それしか思いあたることはない。

太陰は自嘲気味に笑う。

「……馬鹿みたい。今更だわ」

そして、顔をひざに埋めた。



「騰蛇!!」

数日後、物の怪は聞き覚えのある声に、聞き覚えのない声音で引き止められた。

「ありがとう」

精一杯の笑顔で。 そういうと物の怪は意外そうに目を瞬かせ、照れたようにそっぽをむいた。

「おぅ」

と返してくれて、太陰はもう一度笑う。

顔は体はいまだにこわばるけれど、彼の神気が恐いのであって、彼自身が恐いのではない。

だから、前に進もうと思った。

変わった彼をみて、変われるのだと知ったから、変わりたいと願った。

いつか、もっと普通に接することができるまで。

「好きなのかもしれない」

その気持ちが本当なのか今は分からないけれど、いつか普通に接することの出来る日までには分かるだろう。



少女ではなく、一人の女性がそこにいた。





――――――
はい、騰蛇(紅蓮)←太陰です
あ・り・え・な・い
でも、やりました(笑)
最初のほうの日記にも書きましたが、紅昌があるなら紅太もありだ!!
と思ったので書きました
紅蓮と天后の続きになってたり
紅蓮もてもてですね(笑)
朱雀が言ったのは、恋愛方面じゃなくて、騰蛇を恐がらなくなるかも、って意味で騰蛇を行かせたんです
相変わらず分からない話だなぁ、おい






h20/5/30
二月に書き始めたのに、五月にできるってどうよ。話も少し変わってしまった
back