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「騰蛇、開けて」
日曜日の朝、めずらしくバイトも何もない日。
昼が過ぎるまでのんびりしていようと思っていたのだが、世間一般で幼馴染にあたる人物がその静けさを破った。
「戸締りくらいちゃんとしなさい、って何よこの部屋。ゴミだらけじゃないの、これだから男は。騰蛇起きなさい!!」
空のペットボトルが騰蛇の頭に直撃し、おもわず呻く。
「天后、俺は久しぶりの休みを満喫しようとだな」
「日がな一日寝て過ごすことのどこが満喫よ。さっさと起きなさい。そしてこの部屋片付けて頂戴」
腕を組み上から見下すように天后は言い放つ。
「昨日まで提出期限のレポートに追われてたんだが」
「そんなことは私には関係ないわ」
これ以上何を言っても無駄だと感じ、仕方なく騰蛇は起き上がった。
上下のスウェットを着ていて正解だと思う。
下手な姿をしていたら、彼女のご不興を更に買うのに違いないのだから。
「そういや何か用か?」
自分の家なのに洗面所で着替えて台所に戻る。
天后は勝手知ったる他人の家とテーブルにコーヒーを置いていた。
怒っていても二人分淹れるのはきちんと教育されて育てられた証拠だろうか。
ちらりとこちらをみてくる。上目遣いなのに睨まれているように感じるのは気のせいではないはずだ。
細い指を一本テーブルを挟んだ前を指され、そこに座れと命令される。
どっかりと椅子に座り、コーヒーを口につけた。
いつもより苦いのは気のせいにしておこう。
「昨日のことだけど」
カップを机に置くと、天后は口を開く。
昨日のこと、と言われ騰蛇は昨日のことを思い出そうとする。
何もなかったはずだ。
大学に提出するためのレポートを書き上げたのは昨日の朝。昼までに見直しをしてコンビニで送った。
上手くいけば大学に合格できるもので、何度も担当の教師に質問し、調べ、書き上げたもの。
昨日、否、ここ一週間はずっとそれに追われていた記憶しかない。
首を傾げていると天后は細い眉を吊り上げる。
この幼馴染の怒った以外の顔なんていつみただろうか。現実逃避気味に考えてみた。
少なくとも中学にあがった頃には、自分に対してこんな顔しかしていなかったかもしれない。
「昨日騰蛇の家に来た人!!」
机を叩きつけるようにして立ち上がる。
コーヒーが零れなかったのが救いか。
「昨日って。……ああ、六合か?」
騰蛇がコンビニからレポートを提出した後、偶然会って借りていた本を返そうと家に誘った。
本を返してその本のことで盛り上がる。気づくと九時前で、帰る六合に晩御飯を作るのが面倒だと騰蛇も一緒に家を出たのだ。
幼馴染の家の前を通りかかったのはまったくの偶然だった。
以前世話になっていた家の裏。現在騰蛇が暮らしているマンションからは徒歩三分ほど。
六合と別れる分かれ道の少し手前だった。
「お前の後輩と帰ったんだよな」
中学時代の後輩が家に来ていて遅くなったから送る、送らないの話をしていたときに騰蛇たちは通りかかったのだ。
一人では危ない、けれど今家には天后しかいない。送った帰り道が危ない、と押し問答。
思わず騰蛇が声をかけると、天后は嫌そうな顔をしつつも、騰蛇に彼女を送ってくれるように天后は頼んだ。
騰蛇の行く方向と逆で、それは六合の行く方面。気の優しい彼が同行を申し出てきたのは当たり前だったのかもしれない。
「そうよ、その六合さん。風音に何したのよ」
「はぁ? 意味が分からないんだが」
六合は礼儀正しい好青年で、何かあることなど決してない。それは彼との付き合いが長い騰蛇がよく知っている。
だから意外な言葉に意味が分からなかった。
「直接的に何かされたわけじゃないわよ。けど、」
「けど?」
「こういうメールが来たら気になったのよ」
ポケットから携帯を取り出し操作する。こじんまりとした小さい携帯を彼女は正確に動かす。
少し操作して、騰蛇に画面を見せた。人のメールを見ることはプライバシーの侵害だとか、そんなことが頭に過ぎったが、まあいいか、と画面を覗き込む。
件名:どうしよう
本文:昨日送ってくれた人って、どんな人?
目を瞬かせて騰蛇は天后の顔を見た。
「惚れたんじゃないのか」
「……まさか」
思ったことを口にすると、天后は嫌そうに返す。
「六合は、俺と違って品行方正だぞ」
「あんたの友人にしてはまとも?」
嫌味に聞こえる質問に、騰蛇は髪を掻揚げながらうなずく。
「学校でも結構人気あるしな」
そういうと、天后は安心したのか、表情を和らげた。
まじめな彼女だ、家に呼ぶまで可愛がっている後輩が性質の悪い人間に引っかかてないか気になったのだろう。
天后は騰蛇をその『性質の悪い』と認識している。だからこそ、自らが乗り込んで騰蛇に問いただした。
「彼女はいないっつってたし、その風音の頑張りしだいだろ」
六合からメールが入ったのがその日の夕方。
二人が付き合うことになったと知るのがその一ヶ月後だった。
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王道CPにもって行きたい
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