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09お正月小説
「そうかそうか。お前はいい子だなあ」
晴明の自室の前を通った紅蓮は、襖を少しだけ開けて中を確認した。
案の定、主が幼い孫の昌浩をその膝に抱いて庭を眺めていた。
昌浩は晴明に与えられたお菓子を一生懸命口に運んでいる。
晴明はニコニコと昌浩の頭を撫でていた。
「……爺馬鹿」
紅蓮はポツリと呟く。
隣でそれを聞いた勾陣が呆れたように背を向けた。
「お前がソレを言うか」
「失敬な。晴明ほどではないぞ」
紅蓮は不満そうに勾陣を追いかける。
台所では六合が昼食の用意をしていて、入ってきた二人をちらりと見た。
会話が聞こえていたのか、コーヒーを入れていた白虎が苦笑をもらす。
「どっちもどっちだろう」
「だな」
珍しく六合も同意を示し、勾陣は紅蓮を見やる。
「ほら見ろ」
「……」
人を冷静に分析する三人に言われてしまえば、反論の余地はない。
紅蓮は黙り込んだ。
その日の夜、久々に仕事を与えられた白虎は空を駆けていた。
平成の都は、平安の都と比べればずいぶんと小さい。
いつの間にか、空も狭くなっているような気がして白虎は空中に立ち止まる。
夜になっても消えることがない町の光は、やはり気のせいでなく空を狭めていた。
夜目が利くといっても、明暗がないわけではない。
昔は本当に真っ暗で、松明の明かりでさえ見えなかった。
幼い姿の同胞が、『恐い』と溢したことがあったな、と懐かしく思い出した。
「千年か。長かったな」
人の時間では気の遠くなるような時間。
自分たちでさえ、長いと感じた時間。
「感傷に浸るなど、俺も歳か」
太陰が聞いたら『昔からおじいちゃんでしょ』と茶化されるのが目に見える。
帰るか、と白虎は主の住む家へと風を纏わせた。
「すーぱーまんだ」
庭に降り立ったとき、ふいに幼い声が聞こえた。
この家で幼い声音を持つものなど一人しかいない。
そもそも、視えざるものを見ることがある幼子に見えぬよう、注意を払っている。
それでも姿が視えるのは、その家の血筋か。
「昌浩」
「びゃこはすーぱーまんだったの!!」
昌浩にとって白虎を正しく発音することが難しいらしく、びゃこ、と舌足らずに呼ぶ。
それが可愛い、と晴明や女性陣は沸き立つのだが、白虎には少し分からない。
昌浩は小さな顔に大きな瞳をさらに大きくさせて、白虎を見ていた。
「昌浩、お前一人か?」
時間はお子様の終身時間を大幅に過ぎている。
晴明や騰蛇はどうしたのか、辺りを見回すが誰もいない。
「うんとね。ぐれん、こーちんにおねがいされて、おかいもの。じーさまのおへやでねてたの。そしたらね、びゃこがおりてきたの」
昌浩は自分の気配を感じて部屋から出てきたのだろうか。
やはり晴明の孫だな、と今更ながら器の大きさを実感する。
それにしても、と白虎は昌浩の話に苦笑する。
昌浩に言わせればお願い。けれど現実は命令口調で有無を言わさず、というのが目に見える。
「昌浩や」
「じーさま。もういっしょにねれる?」
晴明が部屋から顔を出して、昌浩を呼んだ。
駆け寄った昌浩を抱き上げて、晴明は破顔する。
「もうすこし待ってくれるか? もう少しだ」
言い聞かせるように、晴明はゆっくりと言葉を紡ぐ。
わかった、と少し残念そうに、けれど我侭を言うことなく晴明と共に部屋に戻った。
昌浩が布団にもぐりこんだのを確認してから、晴明は白虎がいる居間へと入ってくる。
さっきの好々爺とは打って変わって、真剣な顔。
「さて、報告を聞こうか」
これが我らの主だ。
「びゃこー」
昌浩が呼んでいる。
それに気づいて白虎は晴明と昌浩の前に顕現した。
「……どうかしたのか」
昌浩は不満そうな顔をして晴明を見上げていた。
晴明も少々困りきった顔だ。
状況が飲み込めない。昌浩が自分を呼ぶのも珍しい。
と、昌浩が白虎の服を掴んで、見上げてきた。
「おせな、のせて」
おせな、とは背中という意味らしい。
前に一度、六合にせがんでいたのを見たことがある。
晴明を見ても咎めるような視線を向けられなかったので、昌浩を抱き上げた。
「こうか?」
おんぶ、というより肩車だが、それでよかったようだ。
それでね、と舌足らずな声が上から聞こえる。
「おそらとんで」
目を瞬かせて、晴明を見た。
晴明は渋ったような顔をして、それでも何も言わずにいる。
「言うとおりにしてやれ」
「勾陣」
困惑した白虎だが、別の声が肯定した。
襖に手をかけて、勾陣が苦笑している。
手には昌浩の上着を持っていた。
「幸い今は夜だ。人目につく心配もあるまい」
「まあ、別に構わないが」
昌浩を一旦下ろして、上着を着せてやる。
着ながらも、昌浩の表情は不満そうなまま。
「誰か同行するか?」
そう尋ねれば、必要ないだろう。との答えが勾陣から帰ってきた。
昨今妖は数が減少し、飛行する妖はさらに少ない。
それもそうか、と白虎は昌浩を再び抱え上げ、庭に出る。
ふわりと風を纏って、空中に浮かび上がる。
「十分ほどしたら反省するだろうから、頼むぞ」
勾陣から意味不明な言葉を伝えられ、白虎は眉を寄せた。
帰ってきたら説明する、と視線で告げられれば、仕方がない。
こうなった勾陣は本当に帰ってくるまで説明などしてくれないのだ。
昌浩の防寒具を確認して、白虎は風に乗る。
「じいさまなんて、きらいだー」
屋根の高さまで飛び上がった昌浩は、衝撃的な言葉を叫んだ。
その言葉に、白虎は主を見やる。
見事に固まった主を見て、勾陣が笑っていた。
――――――
補足説明。
一緒に寝るという約束を晴明が破って、昌浩が怒ちゃってやった行動。
お仕事だって分かってはいるけれど、お子様だから理解し切れてない。
――――――
あとがき。
夢でア○パンマンのように白虎の背中に昌浩が乗っている夢を見たのがはじまりです。
晴明(悪)の元から白虎(正義)が昌浩を連れ出すのです。
もう、見た瞬間、これ!ってなったんですが、晴明が悪になるはずがなく、このあたりが関の山。
でも、すごく楽しかったです。
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より、藤原敏次でした
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