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「では私は巫子殿のところへ行ってきます。くれぐれも無茶はしないように」
美しい顔を険しくした天一が勾陣に向かって指を立てた
「善処する」
その返事が不満だったのか天一は勾陣に詰め寄った
「部屋から出ないでくださいね」
にっこりと笑顔で言われ勾陣は「是」と答えるしかなかった
君に会いたい
「暇だ」
呟いてみるも答える者は誰もいない
どこかに行こうにもいつ誰がここにある水鏡に現れるのか分からない
晴明や天后、朱雀ならば構わないのだが、騰蛇が現れると分が悪い
普段なら何があっても勝てるのだが、最近迷惑をかけている自覚はあるのでどうしても言いたい事を飲み込んでしまう
しかも無意識にだ
腹が立つことこの上ないのである
「風音でもこないだろうか」
否、六合がいるのだ。馬に蹴られるつもりはこれっぽっちもない
守護妖も六合への罵詈雑言を吐くだけで相手にもならない
かといって天一と一緒に巫子のところへ行く気はない
自分が行っても巫子が気を使うだけだ
「それにもうそろそろ奴が……」
勾陣はいま呟きそうになった言葉を切った
長倚子に腰掛けていた体を入り口のほうへ向ける
そして誰もいないことを確認してほっとした
「……だからなんでほっとしなければならない」
別に今のを誰かが聞いていたとて何のことか分からないだろうし、そもそも聞かれて悪いことではない
なぜか無限思考に陥りかけているのに気づいた勾陣は頭を振って思考を切り替えた
「今は何時ごろだろう。外と時間の流れが違うというのはやっかいだな」
部屋の中は火が点いていて明るい
「……」
突然何を思ったか勾陣は立ち上がって明かりを次々と吹き消しはじめた
いくら人界と時間の流れが違っても、ここにも夜は存在する
勾陣が明かりを吹き消すたびにあたりは暗闇を帯びていく
そして長倚子に一番近い明かりだけがわずかな範囲を照らしだしていた
――闇
明かりの炎をじっと見つめる
勾陣の黒よりもなお黒い黒耀の瞳に炎がうつる
――炎
彼女の脳裏に一人の男が浮かぶ
闇も炎もあいつを連想させる
彼は一人で闇の中で生きてきた
異界には闇はない。けれどあいつは闇の中にいた
誰も話さない、話しかけない
ずっと一人で……
「あいつは、何で平気だったんだ」
組んでいた腕に力が入る
否、平気な訳がない。いつか朱雀がこぼしていた『あいつは優しすぎる』と
そう、優しいのだ。そして聡い
「だから一人でいる。馬鹿だよ。お前は」
そして我らもまた、愚かなのだ。彼に闇を課せたのは我ら十一人の同胞……
「馬鹿らしい」
勾陣は自分を一蹴した
こんなことをしてみても、あいつのいた孤独には程遠い。そもそも
「大体どうして私がこんなことを考えなければならんのだ」
それもこれもあいつが遅いのが悪い
「うぉ! 暗い、って何をしてるんだお前は」
いきなり聞こえた声にびくっとして思考を引き戻した
部屋の唯一の明かりの前で青白い何かが光っている
その中から夕焼け色の瞳がこちらをみていた
それだけで怒りが安堵へと変わる
「別に何も。私一人だからな、明かりがもったいないだろう?」
「だからってこんなに消すことはないだろうが」
相手がくわりと牙をむく
その様子に勾陣はふっと笑った
「で、何の用だ?」
聞いた問いはいつもと同じ
「お前が無茶してないか心配でな」
そしてまた返ってきた答えもいつもと同じ。それに勾陣は笑ってしまった
「お前、いい加減違う答えをださないか。芸がないぞ」
「あいにく芸じゃないんでな」
水鏡のむこうで物の怪が顔を険しくした
ころころと表情が変わる物の怪が面白くて勾陣はまだ笑っている
「いい加減にしろ!! 勾」
水鏡のこちら側、勾陣しか居ない部屋で彼女の笑いは響いていた
昔はこんなこと考えられなかった。こいつがこんな姿をして、こんなに表情を変えて、こうして話す日がくるなんて
こいつだけが呼ぶ自分の呼び名
いつからかそれを聞くたびに何か心が軽くなった
こいつの印象がどんどん変わる
闇からこいつを連想するのは変わらない。あれは忘れてはならない我らの咎
けれどもう一つ、こいつに連なるものができた
夕日。それは孤独を連想させない優しい色。こいつの性格そのものの色だ
「今日もご苦労だったな天貴。勾陣の相手も大変だろう」
恋人の言葉に天一はふふっと笑った
「それが、そうでもないのよ。最初は大変だったのだけれど、最近は騰蛇が現れる時間になると必ず部屋に入ってくれるのよ」
時間の流れは違うのになぜだかねと天一は笑う
「そういえばいつも昌浩が朝餉を食べる時間に話しているな」
「でしょう。だから私はその時間に巫子様のところへ行っても大丈夫なのよ」
意地っ張りだから自分からは使わないけれどねとも付け足す
「それは、俺が天貴に会いたい理由と同じだろうか?」
「そうだといいわね」
そして二人は顔を見合わせて笑った
終
dear my preciousの碧波琉様ご希望の紅勾小説でした
遠距離恋愛っぽく書いたつもりが……紅勾というより紅蓮←勾陣って感じですね
勾陣は紅蓮が連絡してくれるのをずっとまっている。というより自分から連絡取るのは嫌みたいな。
あえない間ずっと紅蓮のことを考えているみたいにしたかったんですが、なぜこんなに暗い話になってしまったんだろう?
ああ、もう何かいてるのか分かんなくなってきた
題名は紅蓮から勾陣、勾陣から紅蓮。それから天一と朱雀も入っています。お互いがお互いに会いたいと思っているのです
琉様、こんな話でよければもらってやってください。これからもよろしくお願いします
琉様のみお持ち帰り可です
h19/11/15
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