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「もっくんなんて大っ嫌いだぁー」
いつもと変わらない朝、昌浩の叫び声が響いた
それが僕らの日常
「おはよう昌浩。何かあったの?」
朝餉のためにやってきた昌浩の傍らに、いつも付き従う白い物の怪の姿はない
先ほどの叫び声といい、何かあったのだろうか
「おはよう彰子。ああ、なんでもないよ」
「そう、ならいいんだけれど」
にっこりと笑う昌浩に彰子はそれ以上聞くことが出来ず、押し黙った
「それじゃあ彰子、行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
いつもの言葉にいつもと同じ言葉を返す
そのあと昌浩は物の怪の名前を呼ぶのだ
しかし……
「行こうか、六合」
そう言って出かける昌浩にやはり彰子は何も言えなかった
「なぁに、昌浩ととう……物の怪は喧嘩しちゃったの?」
傍らに太陰が顕現してきた
「そう、みたい」
彰子が答えると今度は朱雀が顕現し、
「まぁ、いつものことだ。すぐにおさまるさ」
とあっけらかんと言い放った
「でも、……。そうよね。すぐに元にもどるわよね」
「……でさ、そのときに敏次殿が、って聞いてる六合?」
話を振られた六合は昌浩が見える程度で顕現しながら眉をよせた
「どうしたの六合? 青龍みたいに眉間の皺がとれなくなるよ」
好きで寄せているわけでもないのだが。というより昌浩よ、青龍の眉間の皺はとれないこと決定なのか、と思ったがあえて言わずに当初からの疑問を口にした
「……騰蛇と何があった?」
「……えっと、それは」
目が泳いでいる
「言いたくないのなら、言わなくてもいいが……」
「う、うん。ごめんね六合」
うつむく昌浩に六合はいつも紅蓮がするように頭をわしわしとなでまわした
「あまり、ぞんざいに扱ってやるな」
誰に、とはいわない。それは誰よりも昌浩が一番よく分かっているのだから
「ごめ……、じゃない。ありがとう」
六合を見上げ笑う。それを見届けると六合は隠形した
「何だか、今日の六合よく喋ってたなぁ。……やっぱり、心配かけちゃってるよね」
ぽつりと呟く声に返事はない
「で、騰蛇。何をやったんだ」
「なんでお前に言わなきゃならん」
あぐらをかいた赤髪の少年の言葉に物の怪は渋い顔をする
「なんでって、そりゃあ」
と、いったん言葉を区切った彼は息を吸い込んで叫んだ
「お前が昌浩と喧嘩するから、姫が心配していて、その姫を見て俺の天貴が心配するからに決まってんだろうがこの馬鹿。どうせお前が何か言ったんだろうが。大体昌浩は自分が間違ってたら謝るように育てたのはお前だろう。その昌浩が謝っていないのはお前が昌浩に傷つくことをしたんだろう。そうだ、それしかない。天貴に謝れ!!」
最初の言葉は天一主義の朱雀らしいなとは思ったが、最後の言葉は理不尽だ
しかし、その言葉を今言ってしまうと、どんなことになるのか想像がつかないのでやめておいた
朱雀は言い切ってすっきりしたのか、にっ、と笑ってこう言った
「まぁ、いろいろ言ったが、お前があいつの元をつくったんだ。誰よりもおまえ自身が理解しているだろうから、これ以上は言わないでおく」
朱雀は立ち上がってから蔀を開けた
「晴明が動く前になんとかしろよ」
じゃないと護衛外されるぜ。ひらひらと手を振り朱雀は部屋を出て行った
「言われなくても分かってるわ」
ようやく発した声に覇気はなかった
「昌浩、もう夜警に行くの?」
夜、出かける準備をしている昌浩に彰子が声をかけた
「うん、今日は時間があるから早く行こうと思って。その分早く帰れると思う」
「そう」
その言葉に少しだけ嬉しくなった彰子だが、やはり昌浩の側には物の怪がいない
悲しそうにする彰子。それを知ってか知らずか、昌浩はため息をつくと声をあげた
「ほら、行くよ。もっくん」
その声に彰子は顔を上げる
「おっ、おお」
どこからか現れた物の怪が昌浩の足元に歩いてきた
「じゃあ行ってくるね」
昌浩が彰子に笑いかける。それにつられて彰子も笑った
「行ってらっしゃい」
「「悪かった」」
屋敷を出た昌浩と物の怪は同時に謝った
「大人げなかった」
その言葉に昌浩も返す
「俺も悪かった。ちょっといらいらしてたみたい」
そして二人は顔を見合わせて笑う
「やっぱり、もっくんがいないとだめなんだ」
何をしていても視界の隅に白いのが映ると振り返ってしまう
前に懲りたはずなのに
ひょいと昌浩の肩に飛び乗った物の怪はにっと笑って言った
「だろ、やっぱり昌浩には俺がいないと」
そしてもう一度、今度は声に出して笑った
「さあ早く見回って帰ろうか」
「そうか、私がいない間にそんなことがあったのか」
その日の夜、昌浩たちが夜警に行っている間に帰ってきた勾陣は朱雀たちに二人のことを聞いていた
「おそらく今は仲直りしているだろうがどうして喧嘩したのかは昌浩も騰蛇も口を割らなくてな」
「そうか」
「おっ、帰って来たみたいだな。じゃあ勾陣またな」
「ああ。楽しい話を聞かせてもらった」
笑った朱雀はそのまま隠形し、入れ代わりに昌浩が部屋に入ってきた
「あれ、おかえり勾陣。帰ってたんだ」
その声に振り返った勾陣はくすりと笑った
「お前たちがいない間にね。ところで、昌浩に騰蛇。お前たち喧嘩してたそうじゃないか。どんな理由だったんだ?」
「う゛っ。それ…は」
二人して口ごもる
その行動に勾陣はすっと物の怪に視線をむける。力では勝てても口では勝てない物の怪である。十秒ももたずに口を開いた
「……忘れた」
「はぁ?」
思わず変な声を出した勾陣に物の怪は再び言った
「だから忘れたって言ったんだ」
「昌浩?」
答えを尋ねられた昌浩も首を傾けて苦笑いする
「俺も忘れた」
たっぷり十秒の沈黙の後、勾陣はため息をついた
「つまり、忘れるほど些細なことだったのか」
その言葉に昌浩は首を振る
「ううん。そうじゃなくって、朝起きてすぐだったのと、そのせいで何かいろいろ今まで思っていたこと大量に言ったみたいで、もうどれで怒ったのかそれを忘れちゃった」
そう言った昌浩に物の怪も首を振る
「尻尾がどうとか、晴明がどうとか、陰陽寮がどうとか言っていた記憶はあるんだか」
「いつもしている喧嘩の内容がいっぺんに出たって感じだった」
勾陣は左手で頭をおさえた
「くだらない。それで彰子姫をはじめ皆を心配させていたのか」
「ごめん。やっぱり皆にも心配かけたみたいだね。明日謝らなきゃ」
「……すまん」
昌浩と物の怪が二人して落ち込んでいるのをみて勾陣は笑った
「馬鹿だな」
だが、そんな二人だからこそ今までもそしてこれからも上手くやっていくのだろう
終
落ちが意味分からなくなりました
「過去華」完成のために手伝ってくれたイマワノさま希望
“昌浩、もっくんが些細なことで喧嘩して勾陣に『馬鹿だなぁ』と言われる話”
些細な喧嘩の理由が思いつかなくてこんな落ちになったりしました(笑)
そのとおりになったでしょうか?
六合はいつものこととはいえ今回は朱雀が出張りました
イマワノ様のみお持ち帰り可。よろしければどうぞ
もっと精進します
h19/11/9
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