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たまには昔話を?
「でね、それを見た天一が……」
「昌浩、ちょっといいか?」
彰子が今日一日のことを話していると、ふと声をかけられた。
声のするほうを見やると、十二神将勾陣が、いつものように腕を組んで佇んでいる。
「勾陣、とうかしたの?」
「ああ、少しそれを持って行っていいか?」
それ、と視線だけで指し示したのは、昌浩の褥を占領している一応昌浩の護衛の一応十二神将最強であるはずの騰蛇こと紅蓮こと物の怪のもっくんである。
「……うんいいよ持って行って」
どうしてもの扱いなのか、どうして昌浩の許可を勾陣がとったのか、そんなことを追求する気も失せた昌浩が、頷く。
すると勾陣は分かっているというように、気にするな、と一言だけ告げた。
そしてひょいと腹を上に向けて寝ている物の怪を蹴ってうつぶせにすると、猫を捕らえるように首筋を掴み持ち上げる。
「むむ、せっかくいい気分で寝ていたというのに、何をする、勾よ」
「なんだ、猫かと思ったらお前か物の怪」
「物の怪言うな、というかおろせ」
ぎゃーぎゃーと甲高い声がだんだんと離れていく。
勾陣の声は聞こえないが、物の怪の声は良く響く。
昌浩と彰子は目を見交わせて笑った。
「仲がいいのね」
「仲がいいっていうか……。うん、そうだね」
勾陣に勝てない最強の神将もどうなんだろう、とは思うが、得てして男は女に勝てないものである。
「もっくんは勾陣のこと好きなのかしら」
と彰子が首を傾げた。
「勾陣もあんまり嫌がってないとは思うんだけど、でも、もっくんは物の怪なのよね。物の怪と十二神将って恋愛できるのかしら」
ねぇ昌浩どう思う?と可愛らしく首を傾げて尋ねられても、昌浩には応えることが出来ない。
彰子の考え方に何を言っているんだろう、と思ったが、意味を理解した瞬間に昌浩の中で爆笑の嵐が吹き荒れ、腹を押さえて笑いを堪えることしか今の昌浩に許されていることはなかった。
「ちょ、彰子姫、そ、それは……」
必死で笑いを堪えている昌浩とは対照的に、朱雀は腹を抱えて笑っている。
もう爆笑という域だろう。彰子はどうして朱雀が笑っていて、昌浩が応えないのかが分からない。
だからいつも傍にいる女将に尋ねてみた。
「ねぇ、天一はどう思う?」
「恋愛はそんなことにこだわるものではありません。互いが納得していれば、周りがどう思おうと、それでいいのです」
顕現して見せた天一は、少し困ったように応えた。
さすが天一、と昌浩は心で尊敬する。
朱雀がさらにつぼに入った様子なのだが、天一がやんわりとたしなめると、悪いと元に戻った。
知らないって罪かも、と昌浩は思う。
忘れそうになるのだが、彰子は物の怪の正体を知らない。
その僅かな差異が危険だと昌浩は改めて思った。
「そうよね、本人が納得していればいいのよね」
と彰子は彰子で納得している。
古今東西女はいつでも恋愛話が好きなのである。
「そういえば、天一、私前から気になっていたのだけれど、天后と青龍ってどうなのかしら?」
これまた難しい課題を出した彰子に昌浩は首を傾げた。
十二神将青龍と天后。存在も姿も気性も知っているが、如何せん両人が両人とも騰蛇を嫌っているのでそこまで接したことがないのだ。
天后は時たま会話を交わすのだが、青龍は物の怪常にいる昌浩も嫌っているようで、すぐに姿を消してしまう。
「青龍と天后って仲がいいの?」
「仲がいいっていうか」
「女は聡いからな」
朱雀がにやにやと昌浩を見やる。それがなんだかからかわれている気がして、昌浩はちょっとむっとした。
けれどやりあっても勝てる見込みなどない。だから大人しく視線を天一に向ける。
「そう、ですね」
難しい質問です、と天一は再び困ったような表情をした。
「あれはあれでじれったいからなぁ」
「朱雀」
天一がたしなめようとするが、朱雀は彰子に笑ったまま答えをくれた。
「まぁ本当に大切なものは失ったら気づく。失う前に気づけるきっかけを見過ごすな、ってとこだな」
それは答えのようで答えではない。
昌浩も彰子も目を瞬かせた。
「んー、昔な、まだ若菜が生きていた頃だ」
花見に行ったんだよ。
護衛は天后と青龍、俺と天貴だった。まぁそんな面々で南の山へ行ったのさ。
朱雀は胡坐を組みなおすと懐かしそうに語りだした。
桜が盛りだった。
桜の花が綺麗だからという理由で、晴明は花見に行こうと言い出した。妻である若菜は貴族の娘で、晴明も同じ貴族だが身分があまりにも違いすぎた。
無論、外へ出る方法もあまりにも違う。
若菜の場合は牛車の手配に始まり、女房、童、護衛、そして出かける場所によっては日帰りできる場所であっても宿泊の手配等々が必要になってくる。
それが晴明の場合は行きたいと思えば即座に出かけられる。何故なら牛車も女房もいないからだ。
準備のために出かけることが遅くなり、宿泊する手配が必要、ということもない。
物忌みも陰陽師ならなんとかなる。というよりも晴明の性格上物忌みを気にすることはなかった。
というわけで、晴明の花見に行こう、という言葉が出てから一刻もしないうちに晴明と若菜は家を出たのだ。
「本当に晴明様が言ってすぐに出かけるのね。こんなに早く出かけたのは初めてだわ」
若菜の言葉に晴明は表情を綻ばす。
元々表情が乏しい晴明だったが、若菜と添い遂げてからは表情の起伏がよく分かるようになった。
そのことに天一を初め神将たちは悦んだのだが、晴明本人はそれを言われるたびに不機嫌になる。
照れくさいのだろうと言ったのは勾陣で、頷いたのは太裳だ。
「綺麗!!」
若菜が恐がるため、遠くからそっと護衛していたのは青龍だった。
花見に行くなら、と朱雀が天一を連れて行きたいと言い出し、それならばお前が行けば良いだろう、と言ったら俺は護衛より天貴と花見がしたいと一蹴した。
渋面をつくった青龍に天一が提案したのだ。
天后を連れて行くのはどうか、と。
「本当一面桜だわ」
渋面を作った青龍だが、何故だか晴明と朱雀が面白がって採用し、天后も天一に誘われた形で頷いた。
「ほら見て青龍、あちらの山の上はまだ咲ききっていないのね」
天后は嬉しそうに辺りを見回す。
今一行がいる山より北の山はまだ寒いのか、色がまばらに見える。
朱雀と天一は二人してもっとよく見える場所へと移動し、晴明は若菜が怯えるから近づくな、と厳命して少し下で景色を眺めていた。
だからといって何もしていないわけではない。
気配は常にあたりに配っているし、晴明たち二人の気配を追ってもいた。
「天后、俺は晴明の護衛で来ているんだが」
「あ、ごめんなさい。そうね青龍は護衛だったのよね」
青龍の言葉に天后はしゅんと項垂れて謝る。
辺りを見回すが天一と朱雀は護衛などそっちのけで二人の世界に入り浸っているのが見えた。
声をかけにくいその雰囲気に、天后は再び項垂れる。
青龍はそんな天后をみて思わずため息をつく。
そのため息が天后の耳に届いたのか、天后は一瞬びくりと体を震わせた。
「……ほら」
青龍の言葉に天后は青龍を見上げる。すると目の前に一枝の桜が差し出された。
「お前がそんな顔をする必要はないだろ。護衛でも話すことは出来る」
その言葉に天后は表情を綻ばせ、青龍はふぃとそっぽを向く。
二人のそんな姿を声が聞こえない程度の声で朱雀と天一は見ていた。
「あれでどっちも自覚してないんだよな」
「そうね、でもいつか気づくと思うわ。晴明様だって、そうだったんですもの」
意外とあの二人似ているから、と天一は朗らかに笑った。
「あー、晴明と青龍が? 確かに、恋愛ごとに関しちゃ似てるな」
「でしょう。でも、青龍には晴明様と同じ理由で気づかれても困るわ」
若菜の危機に思いを自覚する。それは紙一重で失ってしまったかもしれないもの。
そんな目にあう前に青龍には気づいてもらいたい、と天一は暗に言ったのだ。
「そうだな」
朱雀も天一の言葉に頷く。
風が吹いて桜が舞った。
「えっと、だからどういう話?」
「分からんか。天貴がどれだけ仲間思いで優しいという話だったろうが」
至極真面目な朱雀の言葉に昌浩はそうですか、と頬を引き攣らせることしか出来なかった。
結局は惚気話だったようだが、何故だか彰子は素敵、と感動している。
「あの、彰子さん、今の話のどこが素敵だったんでしょうか?」
「あら、昌浩には分からないの? 素敵じゃない」
分からないことが不思議という様子に昌浩は頭に疑問符を思い浮かべた。
「そういう意味では昌浩も晴明に似ているぞ」
「へっ? 俺がじいさまに似ている?」
本気で悩んでいる様子の昌浩に朱雀は豪快に笑い、頭をぐしゃりと撫でる。
「お前も早く気づけば良いさ」
笑いながら部屋を出て行った朱雀に昌浩も彰子も首を捻る。
隣では天一だけが微笑みを浮かべていた。
――――――
李姫様より、15000リク内容【昌浩と彰子に誰かが紅勾と青后と晴若の昔話】
だったんですが、これでいいんでしょうか?
無駄に書く癖があるので、ぐだぐだとしてたらすみません。
晴若ってシーンがなくてすみません。むしろ朱天が出張っててすみません。
紅勾だけに絞ればよかったんですが、彰子って紅蓮知らないよね、ってことで諦めました。
が、欲張りすぎて訳が分からないことに……。
一応『青龍が無意識に天后に甘いよ。早く気づかないと失うぜ』ということを目標にしてたんですが、あまりにも朱雀が出張りすぎてただの惚気に。
バカップルは書きやすいんですが、出張ってくると脱線しかねないので困り者です。
CPを軸に書くことがあまりないので、楽しかったです。
h22/4/14
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